新・伊野孝行のブログ

2023.2.7

湯けむり絵画論!好きに見ようよ、好きな絵を(後編)

好きな絵の話をするのは楽しい。嫌いな絵の話をするのも楽しい。好きな絵のどこをどうして好きなのか、嫌いな絵のどこがどうして嫌いなのか。なんとなくで済ませるところをしゃべりあったらもっと楽しい。
昨年12月に西荻窪の今野書店で行われた、伊野孝行×南伸坊『いい絵だな』刊行記念おしゃべり企画「湯けむり絵画論!好きに見ようよ、好きな絵を」の様子をダイジェストでレポートします。司会は今野書店の花本武さんです。(なお、話の順番や発言は当日と全く同じではありません)

浮世絵というシステム

伊野孝行 歌川広重の『東海道五十三次』なんかに出てくる旅人や宿屋の女とか、好きなんですよ。あの人たち見てるとスーッと江戸時代に行けちゃうみたいな。で、鈴木春信も大好きなんですけど、春信の絵に出てくる人を見ても、江戸時代にスーッと誘われる感じにはならない。なんだか自分の知らない江戸時代なんです。むしろ異文化の人が描いた絵を楽しむようなところがあります。春信と広重は70年以上差があるからですかね。

南伸坊 浮世絵って見慣れないうちはみんな同じように見えるけど、浮世絵が描かれた時代って長いんだよね。歌麿が古今亭志ん生だとすると北斎がタモリ、写楽がたけし、広重と国芳は、又吉直樹や千鳥の大悟くらいの齢の開きがある(笑)。

伊野 それだとわかりやすい(笑)

『東海道五拾三次之内・赤阪 旅舎招婦ノ圖』(部分)歌川広重

『若衆に笠を手渡す鍵屋お仙』鈴木春信

伸坊 版元があって、絵師がいて、彫り師がいて、刷り師がいるっていう浮世絵の体制や仕組みが面白いよね。前にさ、写楽は実在してなくて、歌麿とか、他の有名な絵描きが描いてたんじゃないかってさ。

花本武 はい、そういう説がありましたよね。

伸坊 今は斎藤十郎兵衛っていう能役者が写楽の絵を描いてた、っていうのが定説になってるけど、その時分に出たいろんな説の中で、僕が面白いなと思ったのは、まったくの素人で面白い絵を描くやつがいて、版元と職人たちが結託して、そいつを「写楽」という絵師に作り上げたんじゃないかっていう説。斎藤十郎兵衛ってのがまさにその素人なんだ。

伊野 それは愉快ですね。

伸坊 素人の描いた線でも、彫り師が浮世絵っぽい線にできちゃうわけだからね。

結果的に現代美術(笑)な浮世絵師

伊野 素人をプロにしちゃえる浮世絵のシステムのすごさというか。今回取りあげる人も、そんな中で生まれてきた絵師かもしれません。歌川広景(うたがわひろかげ)という人の絵です。

伸坊 そうそう歌川広景は最初、伊野くんに教えてもらった時は、そんなに興味を持ってなかったんだけど、後でよく見たらヘンなの。浮世絵ってどんな人の絵でも、いわゆる浮世絵っぽくなってるもんだと思ってたんだけど、この人、絵の構成とかがめちゃくちゃで、ものすごくヘタなんだ(笑)。でも色とかさ、部分部分はちゃんプロっぽくなってるんだ、職人たちのおかげで。

伊野 これとかまさに。

『江戸名所道外尽 四十三 いひ田まち』歌川広景

花本 本当だ、すごいヘーン!ヘンすぎる!

伊野 建物の中に小さい人がいます(笑)。でも一回遠近感が身についちゃうと、二度とこうは描けないんですよね。

伸坊 こういうの見ると、他の浮世絵にはちゃんと遠近感があるんだなって思うよね(笑)。絵心はないけど、アイデアのある人だったんだ、広景は。

伊野 こっちも広景の絵ですが、けっこうちゃんと描けてると思いませんか?あんなにヘタな人が。

花本 普通にうまいですねー。

『江戸名所道戯尽 四 お茶の水の釣人』歌川広景

伸坊 これはね、もう「現代美術」なんですよ。

花本 え、どういうことですか?

伊野 背景は歌川広重『東都名所 御茶ノ水図』っていう絵の右半分なんですよ。で、僕はこの釣り針が鼻にひっかかってアチャチャチャチャ~!ってなってるところは広景が描いたと思ってたの。でも、実はここは『北斎漫画』にある絵なんですよ。

『東都名所 御茶之水之図』歌川広重

『北斎漫画』十二編 「釣の名人」 葛飾北斎

花本 ハハハ、パクってたんだー(笑)!

伊野 本人は何も描いてなかったりして。

伸坊 うん、おそらく……描いてないんじゃないかな(笑)下書きも描いてないかも。

伊野 広重と北斎の浮世絵を彫り師に渡して、指示だけ出すみたいな。

伸坊 パクリというより「コラージュ」や「引用」の発想なんですよ。本人は上手く描けないからパクってなんとかしたいと思ってたのかも知らないけど、結果としてウォーホルやリキテンスタインたちが発明するずっと前に「現代美術」を先取りしてたんだ。

伊野 現代美術の元祖、デュシャンの『泉』は、既製品の便器を持ってきた「レディメイド」ですから。作ってない。

花本 逆に素晴らしいですねー。いいじゃないですかー。坂口恭平さんの「建てない建築家」みたいな(笑)。

伊野 師匠の歌川広重のこともリスペクトしてなくて、単なる素材として使ってるし。

伸坊 そうそう、弟子じゃない説もあるみたいね。名前も「重」と「景」って見た目が紛らわしくて、広重って読めるようなサインなんですよ。

花本 わー、悪い奴っすね。

伊野 なりすまし、名前を騙る、ってのも現代美術的でしょ(笑)。

ヘタの進化系がうまいではない

花本 徳川家光の絵ってどうですか。やけに可愛いですよね。

伊野 可愛いですよね。何年か前に府中市美術館で初めて見た時に、将軍様の絵なのに、掛け軸がシワシワで。大事にしてこなかったんだなって。

伸坊 「こんなのもらってもなぁ……」って感じが出てたよね(笑)。

『兎図』(部分)徳川家光

伊野 伸坊さんの姪っ子のイラストレーターの下杉正子さんがInstagramに、伸坊さんのお母さん(つまり祖母)の作品を上げてらしゃるんです。お母さんが最初、自発的にへんなものを作ってるのを見た伸坊さんが褒めて、いろいろリクエストして、そのうちリクエストなしでもどんどん作るようになったという。

花本 これ素敵ですよね。

『金太郎と鬼』南タカ子

伊野 もう、ぜんぶ素敵でどれにしようか迷ったんですが。

伸坊 これはリクエストした覚えないから、自分で作ったんでしょうね。

伊野 僕はうちの父親とはまったく会話がなくて、芸術のゲの字も興味がない人なんですが、去年の正月に実家に帰った時に、絵でも描かせてコミニュケーションを図ろうと、干支の絵を描かせたんですよ。「う~ん、虎ってどんなんやったけな……」と言いながら描いたのがコレです。そして次の干支のウサギまで勝手に描いてた(笑)。

『寅』伊野勝行

『卯』伊野勝行

会場(笑)

伸坊 メガネをかけてますね、虎(笑)。

伊野 ウサギの下のまんじゅうみたいな猫はなんでしょうね。描いてて「あ、失敗した」と言っても、そのまま描いてっちゃうんですよ。

伸坊 そこがいいよね、失敗に驚かない。

伊野 顔とか、単体のものなら描けるんですけどね。「猫が堤防で釣りしているところ」って状況でリクエストすると、筆がしばらく止まってしまって、こうなっちゃうんですよ。

『釣りをする猫』伊野勝行

花本 ちょっと歌川広景的な感じありますよね。

伊野 こういうのを見せるとさ、「血筋だね」とか言われるんですけど、まったくそんなことないんですよ。ほんと、絵なんて今まで描いたことない人なんだから。皆さんもご実家に帰った時に親に絵を描かせたら、こういうものできると思います。

伸坊 大人になると、大人みたいな絵を描かなきゃいけない、こういう絵を描くと恥ずかしい、と思っちゃうようになるんですよ。

伊野 うちの母親はそっちの方で、カルチャースクールが好きで、今は水彩画教室に行ってるんですけど、けっこう器用なもんだから、どこに行ってもすぐに優等生になるんです。それでみんなからは「うまい」と褒められてる。僕もうまいと思うんですよ。でも、今じゃ、伊野家に新星が現れたので、母親の絵はすっかり霞んでます(笑)。

伸坊 みんなこういう風に描いていいんだって、思うようになればいいよね。お父さんはどうして自由になれたのかな?

伊野 自由っていうのは、知らず知らずに身に付けてしまっている考え方や技術から自由になるということだと思うんですけど、親父にはそもそもそれがないっていうか(笑)。

伸坊 最初は自発的に猫の餌皿の台に、絵を描き始めたんだよね。

伊野 そこは何か、無意識的に「描いてみたい」という気持ちがあったんでしょうね。伸坊さんのお母さんもそうですよね。

伸坊 そうなんだよね、どうして描く気になったのかってところが面白いよね。

伊野 そうやって描いた絵を見て、「俺には描けないなー」ってはじめて親父のことをリスペクトしましたね。

花本 あ、なんかいい話になってきたぞ。

伊野 いやいや(笑)ま、ヘタの進化系がうまいじゃないと思うんですよ、絵の場合。子どもの進化系が大人でもないと思う。なんか自分はそこからやってきたような、でもそこには戻れないような場所。ヘタな絵は僕にそんな気にさせますね。

伸坊 なんでこういう絵をおもしろいとか、いいなとか思うのか。そこはものすごく重要なとこだよね。

 

(おわり)