新・伊野孝行のブログ

タグ:似顔絵

2020.12.1

かわいいから好き、三島由紀夫

三島由紀夫の本は数冊しか読んでないけど、三島由紀夫の絵は何枚も描いてきた(自主制作で)。
逆に夏目漱石の本はだいたい読んだし、絵も何枚か描いてるけど、三島由紀夫ほどには面白く描けない。

三島由紀夫の肖像

寺山修司にのぞかれる三島由紀夫

野坂昭如と殿山泰司と色川武大と三島由紀夫

先日、未見だった三島由紀夫の主演映画『からっ風野郎』を観たけど、始終、三島由紀夫がかわいくて退屈しない。演技が下手ということだけではくくれない。
三島由紀夫はエピソードが歩いていると言ってもいいほど、彼について語られるエピは多い。そしてどれもがかわいらしい。かわいいと思う理由はどのエピにも本心が見えるからで、素っ裸な三島由紀夫がいる。エピソードが面白い人というのは滅茶苦茶な人が多いのに、三島由紀夫は誠実で努力家で優しい人なんだ。不思議。
三島由紀夫の字が好きだ。丁寧で綺麗な字なのに惹きつけられる。丁寧で綺麗だなんてつまらないことではなかったか。人生は生き急いでいるのに、字は急いでないね。
何を言っても何をやってもエピソードになるという人は、やっぱりズレているんだろう。

川端康成と三島由紀夫と金閣寺と

文壇座談会

『人斬り』の演技は立派で、切腹シーンは張り切ってハラキリしている。
引用すると負けた気になるWikiに、五社英雄監督が田中新兵衛役を依頼するため三島邸を訪問した時のことが書いてある。
〈三島は「私は時代劇てものはやったことがないけど鬘はのるかね?」とニコニコしながら、すでに気持は決まっていたにもかかわらず、それでも一応勿体つけた様子で、「ともかく明日中に返事をします」と五社を見送った。しかし三島は我慢できずその日の晩すぐに五社に電話を入れ、「ぜひ出させてくれ」と引き受けた。〉
かわいいではないか。割腹自決する前年の話だ。

1970年の岡本太郎と三島由紀夫

三島由紀夫図書館

我が絶対的恩師、長沢節と三島由紀夫のエピもいい。
三島由紀夫の方から長沢節に興味を持って会いたいと言ってきたみたい。三島が新鋭作家として登場した頃。昭和21年頃(1946)頃だろうか。鎌倉文庫が席を設けてくれて、日本橋の料亭で初めて会った。
その後、三島は椎名町のアトリエにしょっちゅ遊びにくるようになって、長沢節がモデルを前に絵を書いていると、三島も脇でおとなしく何かの紙に同じように絵を描いてたんだって。
やっぱりかわいい。
ちなみに長沢節の方が三島由紀夫より8歳上。もちろんこの頃はムキムキになる前だったから、セツ好みとまではいかないまでも、許容範囲ではあったでしょう。
一度、ぼくは先生とタクシーに乗った時に、三島由紀夫のことを聞いたら「オレ、三島由紀夫からラブレターもらったことあるよ。でも捨てちゃったけどね!プッ!」とおっしゃっていました。


映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』も観ましたがよかったです。

三島由紀夫の絵は完全に自主制作で描いてきたけど、この度、記念すべき没後50年にあたり、「芸術新潮」が三島由紀夫特集を組み、頼まれて三島由紀夫を描くことになった。
読んでくだされ、見てくだされ。平野啓一郎さんの解説がとてもいいです。まさしく「21世紀のための三島由紀夫入門」になっています。

『英霊の声』零戦と船艦、こういうのを描かせると思いっきりヘタだ。逃げたい一心で描いている。

三島由紀夫のエンタメ小説『命売ります』は没後45周年にあたる2015年、突如ベストセラーになった。無理矢理1ページマンガにしております。気になるつづきはぜひ芸術新潮で。

座談の名手、三島由紀夫は安部公房と「二十世紀の文学」という対談をしている。どんな内容だか知りたいですか?知りたいですよね!なら、芸術新潮を買いましょう。

なんだコレは⁉︎
ポットになった三島由紀夫がなにか喋っているゾ!我ながら最高の絵が描けた。ともかく本屋に芸術新潮を買いに行くしかない!

2020.11.24

半芸術の志村神社

現代美術とは現代に生きる人が作った作品全てなんでものことなのですが、普通はなかなかそう言いません。「現代美術」というジャンルのことを指す場合が多いですね。
ただいま、3331Arts Chiyodaで開催中の「WAVE2020」に出品しております。この展覧会は特にジャンルもテーマもない展示で、言わば、現代に生きる人が作った作品という意味での現代美術なのかもしれません。

ワタクシなんぞはイラストレーターでげすから、何でもいいから作品出してくださいと頼まれると、逆に困ってしまいまして、さてどうしたものでしょうか。
展覧会自体にテーマがないということは鑑賞者に文脈をいっさい掴ませないということなのです。作る方は展覧会のテーマという文脈に自分のテーマを乗っけられないので、それぞれが一人相撲を取らないといけません。

一方「現代美術」というジャンルは、文脈というものをとても重要視するようです。美術史の文脈を踏まえた上で新たに何か付け加える。さらに今現在のNOWな問題を取り入れたり先取りしたりする。
自分のやってることにいかに説得力を持たせるかも腕のうちなので、現代美術家はプレゼン能力が非常に高い人が多い。
ワタクシなんぞはイラストレーターでげすから、そういう能力はあまり必要ない。絵の仕事に対して漠然と憧れを持っていたときから、現代美術作家ってどうやってなるのかサッパリ見当がつかなかったです。マンガ家はストーリーも作らなきゃいけないし、仕事自体が過酷。その点、イラストレーターは落書きの延長でなれると思ったのです。事実、落書きの延長でなれました。

「反芸術」という言葉の意味を、引用すると負けた気になるWikiからひっぱってきますと〈反芸術は芸術作品に対する定義で、伝統的な展覧会の文脈の中で展示されながら、真剣な芸術をあざ笑うかのような内容を持つ作品、また芸術というものの本質を問い直し変質させてしまうような作品のこと。さらに既存の芸術という枠組みを逸脱するような芸術思想や芸術運動のこと。〉だそうです。

今回の「WAVE2020」の一人相撲のテーマはコレにしましょう。いや「反芸術」なんてそんなツッパったこと出来やしない。せめて半分くらいは芸術という意味で「半芸術」でどうでしょう。(とうじ魔とうじさんの『半芸術』という本を昔読んだので、まぁ………パクリです)

日本という国は、古くから死んだら神様になる珍しい国です。菅原道真の怨霊を鎮めるため、東郷平八郎を顕彰するため、お国のために戦った英霊たちを祀るため。明治になって神道は国家神道になり、歪んだ形になりました。多大な犠牲を払って大日本帝国は崩壊。その反省からか戦後は死んでも神様にならなくなりました。
それはそれでなんとなくもったいない。前にも書きましたが、古今亭志ん生神社はあってもいいなと思います。笑いの神と貧乏神が一緒にいる神社。将来的に長嶋茂雄神社もありだと思います。

今年、もし今が戦前だったら確実にこの人は神になって神社ができただろうなと思うケースがありました。
それは志村けんさんです。コロナ禍の悲劇を国民と共有した喜劇王。未だ惜しむ声はやみません。やや持ち上げ方が過剰なんじゃない?とも思えるのですが、持ち上げすぎじゃなければ神になりません。
志村神社の作品化は、特殊な文脈を持つ日本という国と、現在起こっている出来事とを、つなぐことが出来るのではないでしょうか。
現代美術は造形物が必要ですが、神社を建てるのはめんどくさすぎます。もっと簡単なもの。絵馬でどうでしょうか。

長々と下手なプレゼンを述べてまいりましたが、そんなこと汲み取ってもらえなくても、笑って見ていただければ本望でございます。「WAVE2020」展は29日まで開催してます。

以下「アイーン」への道。

えっと、右手をこうして、っと。

せいの、アイーン!「ダメダメ全然アゴ出てないよ」by撮影者

アイーン!こう?「え〜、もっと出ないの?」by撮影者

俺ってどっちかというとややしゃくれ気味なんだけどなぁ、アイーン!

「横から撮ったらアゴ出るんじゃない?」by撮影者

はじめて「アイーン」をやってみたが、確かにあとで写真を見ると全然「アイーン」になってない。撮影者に言われてあごも精一杯出したつもりだが、その指示にも間違いがあった。アゴを出すと同時に口角を上げなければいけなかったのだ。アイーンへの道は遠い。

2020.11.10

笑ってなんぼじゃ!似顔絵編

2017年〜2018年、日本農業新聞で連載していた島田洋七さんの自伝エッセイ『笑ってなんぼじゃ!』が終わった後(徳間書店より文庫化されています)、ひきつづき週一で『笑ってなんぼじゃ!世相編』と題するエッセイがはじまった。最近の出来事を取り上げて洋七さんの見解を述べるというもの。

島田洋七さんの自伝エッセイ『笑ってなんぼじゃ!』、挿絵のダイジェストはこちらご覧いただけます。

ずいぶん前から始まっていたのだけど(もう80回以上続いている)、このブログで紹介するのは今回がはじめて。
今週はまた「ブログをサボりたい症候群」になっていて、昨日の夜中まで、ほんま、サボったろうと決めていたのだが、いざとなると休むのもなんか気持ちが悪く、無理してやっています。
絵をチョイスしたり、画像を整えたり、もう一度エッセイを読んだりするのが、億劫。
それで似顔絵の回だけ選んで載せておくことにしました。
エッセイがどんな内容だったか忘れてしまったので、絵だけ。
やる気がない〜めんどくさい〜と公言しながらやれるのも自分のブログならではのこと。仕事だとこうはいきません。

イチローは非凡な男ですが、似顔絵の出来栄えは並。

たけし。ちょっと惜しいな。

王監督。似てるとは思うけど、これも並。

洋七さん。何度も描いているから、写真を見ないで描くことも多い(そっちの方が似る場合もある)。でも、平均していつもあんまり似ない(笑)。これはわりと似たかも。

これは誰かというと現役時代の琴風。今の尾車親方ですね。現役時代の琴風を知っている人がどれくらいいるかわからないけど、まあまあ似たかな。

洋七さんの弟弟子にあたる島田紳助。これもまあまあ似とんのちゃう?

志村けんが似なかった。コロナでお亡くなりになった時に描いた。追悼の気持ちを込めて描いたのだが、それで似るとは限らない。

藤井聡太の似顔絵はかなり気に入っている。かわいい。

安倍元首相。マスクで半分顔が隠れている似顔絵を描いたのははじめてかもしれない。顔が半分隠れると似ませんね。

はい、おしまい。

2020.10.6

僕とラジオとトレンディと

「日経トレンディ」の特集「ラジオ大研究」で、ラジオ史に輝くパーソナリティー達の似顔絵を描きました。

出版業界でもっともラジオを聴いているのはイラストレーターなのではないかと思う。ライターや編集者は文章を書いたり読んだりしないといけないので、ラジオを聴きながらだと仕事ができない。デザイナーは独立してる場合はいいけど、会社でコキ使われている間は呑気にラジオなんかつけてられないでしょう。
イラストレーターは家で一人で仕事してるし、絵は言語の脳ミソとは違うミソを使うので、ラジオを聴きながら仕事できる。

文化放送「セイ!ヤング」の谷村新司。この番組を聴いてた人は僕より世代が上の方ですね。

僕の実家は、食事中はテレビは禁止というか、飯を食う部屋にテレビはなかった。そのかわりラジオはほぼつけっぱなしで、NHKだった。中学生になると妹と一緒の子ども部屋から、自分の個室になった。はじめてのプライベート空間。晩ごはんを食べ、部屋に戻ると意外にすることがない。
ラジカセについているラジオをつけてみた。はじめて積極的にラジオを聴いた。いつしかCBCラジオ(中部日本放送。主に東海地方で聞ける)の「小堀勝啓のわ! Wide とにかく今夜がパラダイス」という番組を中毒的に聴くようになっていた。「わ! Wide 」は絶大な人気を誇るラジオ番組だったが、そんなことは知らないで聴いていた。だいたい小堀勝啓という人も知らない。今でもはじめて聴く番組は、誰がしゃべっているのかわからないことがある。そこがいい。

文化放送「さだまさしのセイ!ヤング」のさだまさし。「セイ!ヤング」の打ち切りを知って激怒したさだまさしは「さだまさしのセイ!ヤング」として復活させた。

小堀勝啓には局アナらしくない自由な発言と自己主張があった。カーディガンとメガネが似合うお兄さん的キャラ。都会的な雰囲気(といっても名古屋だけどね)。小堀勝啓はたまにゲストに来る田原俊彦(当時アイドルの頂点にいた)を「トシ」と呼んで非常に親しげだった。田原俊彦も「小堀さ〜ん!」と親しい。どこまで本当に仲がいいのかわからないが、小堀勝啓は親しみのある感じを出すのが上手い(逆になれなれしすぎる雰囲気に途惑うゲストもいたような)。ローカルとはいえ影響力のある人気番組なので、東京からのゲストも暖簾をくぐるように、ちょっと腰を落として入って来るような感じがした。

中学のクラスにウメモト君という男子がいた。彼はどうやら僕のことを嫌いなようだった。ところがある日、ウメモト君も「わ! Wide 」もリスナーであることが判明し、僕たちは一気に仲良しになってしまった。それまで友達と昨日見たテレビの話はしてたけど、昨日聴いたラジオの話ってしたことがなかった。ラジオは一人で聴いている気がするのだ。

ニッポン放送「オールナイトニッポン」のビートたけし。「オールナイトニッポン」を聴いてたといってもいつも途中で寝ちゃうから。はじまる前に寝ちゃうときもあるし。だって中高生なんだもん。

「わ! Wide 」をきっかけに「オールナイトニッポン」も聞くようになった。聞いていた当時の「オールナイトニッポン」のパーソナリティは、月曜日が中島みゆき→デーモン小暮、火曜日がとんねるず、水曜日が小峰隆生→小泉今日子、木曜日がビートたけし、金曜日がサンプラザ中野→鴻上尚史、土曜日が笑福亭鶴光だったと記憶する。
この中で誰これ?と思うのは水曜日の小峰隆生だろう。「週刊プレイボーイ」の編集者だったはず。「オールナイトニッポン」の居並ぶ有名人パーソナリティーの中にポコっと入ってるフリーの編集者。後年、神保町の喫茶店でバイトしているときに、小峰隆生が来た。「あ、小峰隆生だ」と思ったが、誰に言ってもわからないと思ったのでバイト仲間には言わなかった。

ニッポン放送の「三宅裕司のヤングパラダイス」三宅裕司。番組は聴いてなかったんですが、人気コーナー「恐怖のヤッちゃん」の書籍化、映画化のビジュアルは中村幸子さんのイラストなのは知ってました。

高校生になって聴いてたラジオは「ケラのFMナイトストリート」。この番組にゲストに来たことをきっかけにエンケン(遠藤賢司)さんの大ファンになったことは前にも書いた。ケラはナゴムレコードというインディーズレーベルの社長さんでもあって、そこから出ていた筋肉少女帯や人生やたまのレコードを買って聴いていた。大槻ケンヂの「オールナイトニッポン」の投稿者のラジオネーム「こずえのまたしゃぶろう」って名前がくだらなすぎて未だに覚えてる。風の又三郎の下ネタね。

TBSラジオ「コサキンDEワァオ!」の関根勤と小堺一機。7月、ある仏教研究者の方と銀座の居酒屋で飲んでいたら、僕がトイレに行っている間に、その先生と居酒屋の店員さんがコサキンの話で盛り上がっていました。

大学に入ったら、ラジオは全然聴かなくなった。再び聴きだしたのは30代半ば。「大沢悠里のゆうゆうワイド」と「ストリーム」を中心に前後の番組を聴いていた。つまりTBSラジオばかり。未だにダイヤルを指で回してチューニングするタイプのラジオで聞いているので、局を変えるのがちょっとめんどくさい。「大沢悠里のゆうゆうワイド」という超・長寿番組の中に、毒蝮三太夫と永六輔と小沢昭一のコーナーがあった。未来永劫続くのではないかと思ったが、やはりそういうわけにもいかない。

小西克哉の「ストリーム」は雑誌みたいなラジオで「コラムの花道」という日替わりコメンテーターによるコーナーがあったが、雑誌が面白い条件もまた、コラムが面白いことだと思う。雑誌とラジオは似てる。

J-WAVE「TOKYO HOT 100」のクリス・ペプラー。若い時の写真が見つからず、ヒゲを無くしてみただけ。

眠れない夜は、睡眠導入剤の成分が入っている「ラジオ深夜便」にチューニングをあわせる。寝入った数時間後、やかましい音楽に起された。その日はレッド・ツェッペリン特集をやっていた。ラジオ深夜便のリスナー世代を考えると不思議ではない。

大相撲中継は北の富士勝昭のファンなので、北の富士がラジオ解説の時は、テレビのボリュームを消して、ラジオの音でテレビ観戦をしたりする。
やはり文章を書く時はラジオは聴けないので、「伊集院光とらじおと」を消してブログを書いてました。さ、今からはラジオをつけてイラスト仕事をしよう。

「2751人に聞いた!好きなラジオ番組」という日経トレンディのアンケートで1位に輝いたのが「オードリーのオールナイトニッポン」。コーナーが違うので少しタッチを変えて。

2020.7.7

にがおえ東京恋物語

似顔絵の苦労は絵の苦労とは本質的に別のところにある。
しかし、似ている似ていない問題は絵よりも前面に出てきちゃう。
時間をおいて自作を見つめ直すことは、何事にも必要なことだが、似ていると思って筆をおいたはずなのに、時間を置いて見ると全然似ていなかったりする。漢字をじっと見ているとゲシュタルト崩壊が起きるように、似顔絵も細部に渡って検討、点検している間に、全体が発する顔のイメージを捉えきれなくなっている。
自分の錯覚を自覚する。修正を加えた似顔絵の判断もまた錯覚の中にあるかもしれない。
似顔絵の修正作業に絵を描く喜びは見つけられない。

『BRUTUS』から恋愛ドラマの登場人物の似顔絵を頼まれた。
似顔絵の中で最も難易度が高いのが、若い美男美女であることは言うまでもない。
美男美女の整った顔のバランスは、みんな同じだ。
どうして人の脳は整ったバランスの顔に美を感じるようになっているのだろう。
そして時間をかけて人の顔を作っていくのも脳である。知性や人生経験を加えた顔は、たとえ出発の時点でハンデがあっても、唯一無二の美を作り出す。造形物としての美と言っていい。我々の脳はそこにもまた美を感じるように出来ている。

生まれついて与えられた美のおかげで、または美のせいで、人生の軌跡は大きく振れる。幼少時からモテる人は、モテること自体が災いであると告白するかもしれない。
ここに描いた美男美女の俳優たちは、麗しい顔に生まれたことを幸いと思っているだろうか、災いと思っているだろうか。
そんなことはだいぶ時間が経った後に本人に聞かないとわからな〜い。
少なくとも私には地獄である。
若い美男美女の似顔絵をたくさん描くのは災いなのだ。

『東京ラブストーリー』
この頃の鈴木保奈美を画像検索して、そのかわいさに撃ち抜かれた。知性や人生経験を加えなくても生のままの造形で心を射抜けるのは猫のようだ。1991年のドラマだというが、ほとんど見ていない。私が20歳の時だ。でも、なんとなくの人間関係と名セリフは知っている。ネット上には解像度の高い画像がなかった。似顔絵というのは特徴を強調して似させる手もあるが、やりすぎるとアゴ女と鼻の穴デカ夫になってしまう。

『問題のあるレストラン』
真木よう子はすんなり描けたが、東出昌大が最初死ぬほど似なかった。発狂しそうになった。原画(水彩)をパソコンに取り込んだ後、ネット上にある写真を真横に置いて、フォトショップのブラシで加筆した。なんとか東出くんになったか???ここで時間を割きすぎるわけにはいかない。まだたくさん描かねばならんのだ。このドラマも未見。

『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』
高良健吾は美男だが特徴のある顔をしている。有村架純が難しい。顔の各パーツは優品だが特徴があるわけではない。結果、やっぱり似ていない。掲載サイズも大きくないし、ま、この辺で勘弁してくださいませ。担当編集者のSさんは有村架純が好きだという。こういう一言が、有村架純は似させなければ!とプレッシャーになる。似なくてゴメン。このドラマも未見。

『逃げるは恥だが役に立つ』
有村架純以上に、新垣結衣の顔にはクセがない。星野源は横顔で星野源とわからせなければいけない。また全身描くので顔を細かく描いても仕方がない。なんとなくの雰囲気で説得させるしかない。あなたは説得されましたか?このドラマも未見。

『獣になれない私たち』
またもや難敵、新垣結衣である。松田龍平は易し。しかし、かなり解像度の高い画像があったので、トレースすることができた。前回のブログで、顔変換アプリで自分の顔を女性化したが、顔の要素はほとんど同じなのに、私は完全にかわゆい女性になっていた。このことからも単にトレースをすれば似るというわけではないことをご理解いただけると思う。とは言っても、トレースできるとかなり楽である。このドラマも未見。

『恋はつづくよどこまでも』
佐藤健と上白石萌音。これまた解像度の低い資料しかない。東出昌大と同じく、原画をパソコンに取り込んだ後、写真を真横に配置して、フォトショップのブラシで加筆。まあまあ佐藤健は合格点かな。このドラマも未見。

『東京ラブストーリー2020』
話題のリバイバルドラマ。鈴木保奈美が石橋静河で、織田裕二が伊藤健太郎である。石橋静河は石橋凌の娘さん。朝ドラ『半分、青い。』では佐藤健の奥さんを演じていた。暗くて性格の悪い役だった。伊藤健太郎も朝ドラ『スカーレット』で白血病で若死にする息子をやっていた。朝ドラ率高し。解像度の高い画像があったので、そのままトレース。失敗もなくうまくいった。もちろんドラマは未見だ。

結果として言えるのは、解像度の高い写真があれば似させやすい。でも絵の面白さとは関係ない。写真を使わず描いた方が絵の領域が広いのである。絵と写真がせめぎあい波立つ場所に、似顔絵道を探るのだ。あと、どのドラマも見てなかった。イラストレーターとしてどうなんだ。

アーティストにはなれないかもしれないがイラストレーターならなれそうだ。自分もそう思って始めた。しかしイラストレーターも甘くはない。似顔絵を描いて終わりじゃない。背景も題字も描かねばならん。こんなことならアーティストになるんだった。
私に若い美男美女の似顔絵は頼むんじゃないぞ、絶対だからな。絶対頼むなよ〜。
わーはっはははは!さらばじゃ!

2020.6.23

夏のリモートワーク計画

今までノートパソコンを持っていなくて、デスクトップのiMac一台でやってきた。
iMacの調子が悪くなると、ものすごい不安に襲われる。そして家以外では仕事ができない。他の友達はどうしているのかと聞いてみたら、みんなMacBookProだとかMacBookAirだとかを別に持っていて、しかもiPadProまで持っているという。
みんなどんだけ、Appleに金を払っているんだ。
僕が生涯で一番金を払うのは酒造メーカーだと決まっている。すでにいくら払ってきたことか。
今、ここでApple製品を買ったところで、その順位は変わらないだろうから、iPadProを買おうと思った。(どんな理由や!)

8月に軽井沢でちょっとした個展があるので、向こうでしばらく避暑をしたい。そのために購入したっていうのもある。もう、6月も終わり。絵をどんどん描かなければいけないのに、iPadをいじってばかり…。使い方をマスターしておかねばいけないし。
今朝も6時くらいに目が覚めて、枕元のiPadを開いてみた。Procreateというお絵かきアプリをダウンロードし、寝床の中で描いてみる。
西洋人の開発したアプリだからか、油絵のブラシが、本物ぽくていい感じだ。Procreateに限らず、他のお絵かきアプリも、毛筆(いわゆる書道とか日本画とかに使うような)がいまいちだ。自分の手で描くニュアンスの50分の1くらいしか描き表せない。

「光る頭の自画像」
iPadだけで描いた最初の一枚。別に自分のことが好きで描いたわけじゃないよ。絵を描く時には、描く前に何を描くかイメージしなければいけない。それが一番大切であるし、面白いし、めんどくさくもあるわけだ。寝ぼけてて何も考えたくなかったから自画像にしておいただけ。
光ってる部分はエフェクト効果。制作時間は10分くらい?最後まで寝床で仕上げた。布団を汚さないので寝たきり老人にもおすすめだろう。

朝食後、今度は今流行りのFaceAppというので遊んで、女性や老人になってみる。iPhoneでやってるので、もはやiPadは関係ない。ただ単にサボっているということ。今日はブログの更新日、それを思うと憂鬱だ。あぁ、めんどくさい。


女性化した写真はよく見ると指が溶けている。性転換と若返りのために強烈な薬を飲んだ結果か。
このアプリの成果を見るたびに、似顔絵の難しさを思う。例えば、女性になった顔と見比べてどこが大きく違うだろうか。髪の毛はおいておいても、他はそれほど変わっていないのだ。でも、どこからどう見ても女性だ。一生懸命に写真を見て似顔絵を描いてもなーんか似ない。写真をトレースして描いてもなんか違う。そんな似顔絵の難しさを、このアプリを通して考えてしまう。
くれぐれも、自分のことが好きで、こんな写真を乗せてるわけじゃないのです。ここだけの話、本当に自分のことが好きな人は自分の写真など載せません。それくらいに自己愛は屈折するものなのです。
このアプリ、3日経ったら自動的に課金されるらしいので、もう飽きたし、さっさと削除してしまった。


最近のお仕事。
「オール讀物」大島真寿美さんの短編『種』。直木賞をとった『妹背山女庭訓』のサイドストーリーでもある。
ただ筆に墨をつけて描いているのだけど、これをiPadのお絵かきアプリでやるのは難しい。可能だとしても時間は10倍くらいかかるだろう。便利の逆である。結論から言って、軽井沢には筆も絵具も持っていかなければいけないようだ。

構図はこの浮世絵が元ネタ。
今週はこんなところでよろしいでしょうか。とりあえず、更新だけは今週もしました。