新・伊野孝行のブログ

タグ:禅画

2021.10.28

一休フェス

今年からブログを不定期更新にしたら、案の定、全く更新しなくなりました。
かろうじて更新するときは、何か特別なお知らせや、イベントのある時だけになっています。4月以降はほぼ一休さん関連のことばかり。今回もそうです。でも、今回がある意味“ファイナル一休”かもしれません。私の一休を追う旅がたどり着いた場所。

11月1日から28日まで、一休さん終焉の地、酬恩庵一休寺にて「一休宗純没後540年 一休フェス 〜keep on 風狂〜」が開かれます!
高僧の名前にフェスをつけて許されるのは一休さんくらいでしょう。また似合うのも。
誰がつけたんですか、こんなタイトル。
はい、私です。

酬恩庵一休寺の副住職、田邊宗弘さんが、私の4月のHBギャラリーの個展「風狂」を、「ウチのお寺でもやれませんかね」とお声がけしてくださいました。この「ガムテープの一休さん」もついに、本物の一休像と並ぶわけです。感慨深すぎますよ……。

フェスと銘打ったからには、展示以外のイベントもいろいろ。
まず、これが極めて重要なんですが、一休寺には「開山堂」というお堂がありまして、屋根の修復をしないといけないんです。そういうのって国からお金が出たりするんじゃないの?って思うでしょう。開山堂が建てられたのは昔々なんですが、実は一回、大正時代に建て直しているんです。そのため文化財未指定。屋根は檜皮葺で葺き替えると40年くらいは持つけど、いかんせん短命です。

この開山堂の屋根を思い切ってチタンにしようと一休寺は考えています。
実はチタンは金閣寺などでも採用されていて、今回担当される棟梁、木下幹久さんが手掛けています。また木下幹久さんの義父である木下孝一さんは数寄屋大工の名工だった人で、一休寺とも深いご縁のある方です。現代の知恵と技術を伝統に結びつけるプロジェクトなんです。
それでね、よかったら皆さんの暖かいご支援も賜りたいってことで、クラウドファンディングも行います。
リターンとして、特製「一休さん手ぬぐい」他、ここでしか手に入らないいろんなものを用意しております。下記のリンクよりクラファンのページに飛べます。どうぞよろしくお願いします。↓
令和に息づく新たな文化財を創る。酬恩庵一休寺 開山堂修繕にご支援を

あとは、トークイベントあります。
もう、すごいですよ。日本を代表する一級の一休研究者の先生方が三人も出てくださいます。私も客席にまわって聴きたいくらいです。しかも無料という太っ腹。もう満席に近いようですが、当日Instagramで配信もされますので、よかったら聞いてください。

ま、そんなとこだったかな。
あ、とんち菓子「通無道」(つうむどう)というのを開発したんですよ。一休寺×萬々堂さんで。萬々堂さんは奈良の老舗和菓子屋。この「通無道」ていうのは拙著『となりの一休さん』の漫画が元になってるんです。これも副住職のアイデアと実行力のおかげです。
歴史あるお寺が現代とどう結びついて、何をやるのかっていうのは、いろんなお寺が試行錯誤されていると思います。
一休寺は私なんかに声をかけてくれるんだから、ヘンですね。大丈夫かなぁ。
ぜひ、この秋は紅葉の名所、日本禅の重要地、酬恩庵一休寺にいらしてください。


2021.4.1

個展「風狂」開催!

新刊『となりの一休さん』が発売されると(春陽堂書店刊)、頭が自然に「本をみなさんに届けたい」モードに切り替わってしまい、SNSでやたら宣伝ばかりしてしまう。
すみません。でも、本屋さんに置いてもらうのもなかなか大変なのです。

友人たちが「本屋にあったよー」と写メを送ってくれると、ことごとくガチな仏教コーナー(笑)。書籍コードにそういう情報が入っているのでしょう。いきなり鈴木大拙のとなりに並ぶ『となりの一休さん』なのです。
『となりの一休さん』はエッセイ棚とか、同じ仏教でも美術関連の禅コーナーとかの方がお客様と通じる気がするんだけどなぁ。
なぜかと言えば、美術畑の人間が書いた本だから。絵の好きな人とは通じ合えると思い込んでいます。

さて、そんな美術畑の私の主戦場である個展が開催されます。
日時は4月16日(金)〜21日(水)。場所は表参道のHBギャラリー。
テーマは「風狂」
(※ この展覧会は『となりの一休さん』の原画展ではありません。書籍は販売しています。)

「風狂」を辞書で引けば「気が狂うこと」「狂人」「風雅に徹し他を顧みないこと」などと書かれていると思います。
常軌を逸した発言、行動で人々を驚かせた一休さんも稀代の「風狂僧」でした。
なぜそんなことをするのかというと、奇や狂の形をとることで、いつの間にか沈殿してしまう人間の意識を攪拌し、自由の風を吹かせるためだと思います。

自由に生きる、自由に絵を描く、ってけっこう難しいことですよね。
狂っちゃえばいいの?
デタラメにやったからと言って、それは自由ではないかもしれません。

禅画というジャンルがあります。禅の心を伝える絵ってことでしょうか。
禅は「ZEN」となり、その思想が世界に影響を与えているのはみなさんもご存知のはず。もちろん美術も例外ではありません。言うなれば『となりの一休さん』も、個展「風狂」もその一つです。

禅の考えの中には、視座を転換させることも含まれています。だから現代美術とも相性がいいわけ。でもイラストレーターの身体の動かし方、筋肉の付きかたってあると思うんです。
自分なりに、禅やらZENやらをバックボーンに自由に絵を描いてみたい。
現代美術の人がZENを下敷きに作品を作るのとは少し違ったことが出来るといいです。

どうです?めちゃハードル上げてますよね?
自分でも心配です。
個展は、いかに自分でハードルを設定するかがミソで、面白くなるかならないかもそこにかかってきます。
たとえハードルを越えられず、着地に失敗したとしても、それでいいと思うんです。
始まる前から言い訳?
崩れ落ちて地面に打ちつけられる様子を何べんもスローモーションで見るのもまた一興。

さてここで問題です。
掲載したDMの言わんとすることは何でしょう?
チョコスプレードーナツは何を意味する?
通る道無し?無い道を通る?「通無道」は禅語?
ポクポクチーンと閃いた方はいますでしょうか。

勿体つけることもないので、答えを言いますと
ドーナツは禅で悟りの境地を表す「円相」です。「通無道」は逆から読んで「ドーナツ」。ただのお品書きでございます。
かわいい禅画で有名な仙崖和尚は、円相を描いて、横に「これ食ふて茶飲め」と書きました。
円相と思った?饅頭だよ〜ん、というからかいですね。

今日のブログは、私の緊急事態宣言。
家を飛び出し「風狂」を見よう!というお知らせでした。
会期中の午後は会場にいるつもりです。
お待ちしております。

2021.1.7

今年の抱負をモ〜牛あげる

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いモ〜牛あげます。

今年からこのブログは不定期更新になりましたが、せめて松が明ける前にご挨拶を…と思い、あせってキーボードを叩いているところです。
え〜、今年の抱負といきましょうか。
今年も去年もその前も、私の抱負は「有名になりたい」これ一本でございます。本人の顔が知られるのはどうでもいいんですけど、絵がね。絵があまねく知れ渡って欲しいんです。

去年の9月でしたか。
西荻窪で用事があったのですが、その用事まで時間を少し潰さなければいけなかったので、駅からほど近いところにあるイラストレーターの犬ん子さんの仕事場に遊びに行ったんです。
旦那さんのチャンキー松本さんもちょうどいました。そこで、ダベっているときに、「まだまだ無名だ、俺なんか」と言う話をしてたのです(いつもそんな話をしてるわけではないが……)。
「有名になったらなったで大変やで〜」
「いや、せめて犬ちゃんくらいになったら満足するよ」
「でも、伊野くんのその素直な夢がいいと思うよ、マジで」
などとたわいのない話をしていたつもり……だったのですが、みなさんご存知の通り、この夫婦、朝ドラ『おちょやん』のオープニング動画を担当してまんねん。
でも、この時はまだ情報解禁前で、オレは全然知らなかったんだけどね。
つまり、コテコテ夫婦漫才絵師は、数ヶ月後には莫大な有名ポイントを稼ぐことが確定していながら、僕の相手をしていたわけだ。

罪深い!

俺、恥ずかしい!

「あの時、伊野くんの後ろに『おちょやん』の台本が山積みになってて、ハラハラして話半分で聞いてたん思い出したわ」
とのちに犬ん子さんは言っていた。
全然気づいてませんでしたー!

というわけで、今年こそ俺は頑張る!もう50歳になってしまうが!

丑年ということで、牛を描く機会がいくつかあった。
カタログハウスの『益軒さん』の表紙。表と裏でふたコマ漫画みたいになっている。


淡交社の『なごみ』で新連載はじまりました。
「よむ十牛図」

細川晋輔和尚の解説による新・十牛図。
十牛図とは真の自己を牛になぞらえ、悟りにいたる十の段階を絵に表したもの。
丑年の今年、あなたも、牛を探しに出かけよう!

2020.12.22

君子豹変す

今年最後のブログ更新です。
お茶の雑誌、淡交社の「なごみ」で連載している「見る禅語」。
世田谷は龍雲寺の細川晋輔和尚の解説をもとに、禅語を視覚化しています。つまりはこれも禅画ということになるでしょうか。

一口吸尽西江水(いっくにきゅうじんす さいこうのみず)
ええっと、この禅語が何を意味して、どういうつもりでこの絵を描いたかすでに忘れてしまいました……。
頑張って思い出そう……西江とは川の名前。満々と流れる川の水を一口で飲み干す、という意味です。アホな、そんなこと出来まっかいな。いやいや、できなくてもやな「天地自然と一体となる自己」というのは禅の理想の境地やないか。そんな気持ちでお茶飲んでますか?ってことを絵にしたわけやな。

掬水月在手(みずをきくすればつきにてあり)
コロナ禍においては坐禅会も開催しにくくなった。不要不急なるものは自粛せよという時期がありましたね。今でもそうだけど。打開策としてオンライン坐禅会をやってみた細川和尚。オンラインで坐禅会なんて達磨さんに怒られる?でも「坐ってよかった」という参加者の感想を聞いて心の霧が晴れたとおっしゃいます。
水鉢の中に名月あり。水を掬った手のひらの中で月は美しく澄んでいたのではないでしょうか。

破草鞋(はそうあい)
破草鞋は破れた草鞋(わらじ)のこと。この禅語の意味する草鞋は「知識や経験」の例えだそうで、それが破れてるっていう意味。どういうことだろう?
知識と経験こそが人間を作るのです。知識と経験は荷物になりません。豊富であればあるほど、人生という旅の懐刀になる。きっとあなたを守ってくれる。またインテリジェンスはエロスにも通じるので、知性のある人には色気もあり、モテる(私の持論)。
ところが人生の終着地「死」の前では知識や経験など、なんの役にも立ちましぇ〜ん(泣)。まさに破れた草鞋と思い知るしかないでしょう。この見方こそ禅のアングルなのです。いくら優れた靴でも、たまには脱いで裸足で駆け出してみようよ!

日日是好日(にちにちこれこうじつ)
この禅語は有名ですね。細川和尚曰く「よくブログのタイトルで見かける禅の言葉」だそうで、確かにブログあるある。それでなぜ幽霊画なんだっけ?……幽霊画とかけて日日是好日ととく、そのこころは?
頑張って思い出そう……あ、そうそう和尚さまはこう言われました「幽霊のサラサラロングヘアーは後ろ髪を引かれる過去への囚われ、前に垂らした両の手は未来への渇望、肝心要の今現在は地に足が付いてない」和尚、上手いこと言うね〜。
そうなんですよ、過去も未来も頭の中にあるだけで、今、今、今しかないんですよね。ありったけの今を生きようぜ!

看看臘月尽(みよみよろうげつつく)
これまた難しい禅語ですが、臘月(ろうげつ)が12月の別名と聞けば、誰もが思い当たるでしょう。看よ!看よ!あっという間に今年も終わってしまうぞ、ということです。
今の時期にピッタリ。
どれだけ寿命が延びても老人は口をそろえて、「人生はあっという間」と言うのです。わかる、すげーわかる。老人は超高速の乗り物に乗っている。私の乗り物もけっこうスピードが出るようになってきた。飛ばし屋は若者ではなく、すべて老人だ。だからこそ、今日というこの日を看よ!看よ!

ところで、このブログ、毎週火曜に更新し続けて、12年。
来年からは不定期更新にすることにしました。
理由ですか?
無理やりひねり出すのもトレーニングにはなるけど、平均点が下がるし、もうちょっと一回一回を大切にしようと思いまして。
今週のブログタイトルは「君子豹変す」。
出典の『易経』では「君子豹変、小人革面(くんしはひょうへんし、しょうじんはおもてをあらたむ)」と続く。
「立派な人物は、自分が間違っていると思えば、豹の皮が黒と黄ではっきりしているように、心を入れ変え、行動の上にも変化がみられる。しかし、つまらぬ人間は、表面上は変えたように見えても、内容はぜんぜん変わっていない」という意味らしいっす。

毎週更新が間違っていたわけではないけど、かっこ良さげな言葉なので使ってみました。
不定期更新になって内容の充実がみられるといいんですがね……。

ま、そんなわけで今年一年、お読みくださった皆さまありがとうございました。
どうぞ良いお年を!

2020.2.25

見る禅語

一休宗純はスーパー禅僧なので、禅宗の僧侶にとってもアイドル。『オトナの一休さん』を描いてから今までに何度か禅僧の方にサイン色紙を頼まれました。
これはおかしいんですよ。禅のプロである僧侶に、禅の素人の私が一休さんの絵を描いてあげる、という行為が。
淡交社から出てる『なごみ』というお茶の雑誌の仕事で、世田谷にある龍雲寺に細川晋輔和尚を訪ねた時もそうでした。
「アニメ、毎回録画して見てました。サイン色紙をお願いできますか」と。

やはり一休さんはすごい。NHKはすごい。「オトナの一休さん」は5分間アニメなので、日本人全体の視聴率はかなり低いと思う。しかし、禅宗のとくに臨済宗は視聴率100パーセントかもしれない(一休さんは臨済宗なので)。そう思うと禅の世界へのパスポートを手にしている気がしてきました。
えへっへへ。

打ち合わせが終わり、車で送ってもらっている時、運転してくれている若い僧の方に、和尚さまが
「こちら『オトナの一休さん』を描いてる伊野さんです」と紹介してくれました。
よし、ここでまた「え!そうなんですか」と来る。描きましょか、一休さん。なにしろ臨済宗は視聴率100パーセント。

ところがハンドルを握る若い僧の方はバックミラー越しに答えられました。
「『オトナの一休さん』ですか……アニメ?はぁ……いや、すみません。存じ上げません」

そ、そうなんだよ、修行中はアニメなんか目に入らないんだよ!臨済宗は視聴率100パーセントではない。これは私のおごりでした。10パーセントくらいかな。喝!

それは置いといて『なごみ』ではじまってる細川晋輔和尚との連載は「見る禅語」。見る禅語ってことはつまり禅画ということですかね。

平常心是道(びょうじょうしんこれどう)

道とは悟りのこと。何か特別のことではなく、行住座臥(歩く、立止まる、座る、横たわる)の日常生活そのものが悟りである。そういう意味の禅語。利休は「茶の湯とはただ湯をわかし茶を立てて飲むばかりなるものとこそ知れ」と言った。しかしありのままでいようと思ってしまうと、それがかえって造作になる……ということらしいので相撲の立合の絵にしてみました。ただ前に出る、そのことがむずかしいのでゴンス。

三冬枯木花(さんとうこぼくのはな)

冬のまっただ中の枯れ木に花が咲くということ。極寒の最中、枯れ枝に花が咲くはずはない。それは知識で知っている。外から学び取った知識で人生の問題の解決はできるか。これ以上どうしようもないと思ったら大切なものを手放そう。自分を捨て切った先に一筋の光が見える……ということで、とりあえずスマホの画面で探し物をするのをやめてみませんか。スマホ猿ですよ。あなたもわたしもスマホ猿。お猿さん、ほら、上をご覧なさい、という絵。

不立文字(ふりゅうもんじ)

真理は言葉では表現することができないという禅の根本的な考え……というわけで、展覧会で解説プレートをじっくり読んで、作品の方はそれほどじっくり見ない人のたとえ。解説プレートはあるとつい読んじゃうけど、あれは鑑賞の邪魔をしてると言えなくもない。言葉はあくまで道しるべ。自分の感じた体験を大切にしましょう。

細川晋輔和尚の本です。禅の明日をしょって立つ男!いよっ!