新・伊野孝行のブログ

2020.5.12

愛着モノがたり

自転車好きな友達がまわりに何人かいるのに、ぼくは一切興味がなかった。
それが去年の9月だから半年くらい前か。急に自転車が欲しくなった。
きっかけは『魂のゆくえ』というイーサン・ホーク主演の映画を見たこと。自転車に乗る場面がワンシーンあった。ストーリーには特に関係ないシーンだったけど、イーサン・ホークが自転車に乗る後ろ姿に惹かれた。
イーサン・ホークのファンでは全然ない。名場面でもなかった。でも、なぜだろう。その時自転車が欲しいと思ったのだ。

ウチの近所の喫茶店の店主、仁木順平(仮名)は、まわりにいる自転車好きの一人だ。店主は骨董品のようなプジョーのランドナーに乗っている。
「街乗りで使うなら、tokyobikeとかもいいよ」とお勧めされた。探すとすごく近所にtokyobikeのお店もあった。
てなわけで、思いったったら吉日男のぼくはすぐに買いに行った。車体はブルーグレーというきれいな色だ。

tokyobike26/弓形ハンドルに変更。

まわりにいるもう一人の自転車好きの男、上川輪太郎(仮名)は、自分で自転車を組み上げるほどの愛好者だ。
自転車に興味がなかった頃は彼の家に行くこともなかったのだが、のぞいてみるとすごい仕事場だった。いや、仕事じゃないんだが、これはどう見てもプロだろう。
「伊野くんのtokyobikeはさて、どう改造しようか」といじる気満々。いやいや今のままでいいっす。少なくとも5年くらいはこのままま乗るつもりなんで。
でも、彼と話していると自転車の奥深さに触れられる。
愛車のtokyobikeでは少し物足りなくなって来たのも事実。

上川輪太郎(仮名)宅ガレージ

先週のこと。
輪太郎から「芦花公園の自転車屋で、伊野くんに絶対似合う中古自転車を見つけたよ。買えば?」と連絡があった。
ロイヤルノートンというメーカーの20年前の青いランドナー。輪太郎もロイヤルノートンについては詳しくはない様子。
すでにtokyobikeがあるけど、自転車は一台一台みんな乗り心地が違うのだ。
試乗してみたら良かったので買うことにした。新コロ10万円給付もあることだし。その日はお金を払って後日取りに行くことに。

懐中電灯がついている!
昔気質なたたずまい
試乗中

家に帰って、「ロイヤルノートン」で検索をかけるといくつか記事が出てくるが、ホームページがない。埼玉にあるメーカーで、今はやってないらしいということはわかった。

翌日、下高井戸から4駅先にある芦花公園駅まで電車に乗り(ひさびさに電車に乗った)、甲州街道沿いの「バイチャリ」という自転車屋さんに取りに行った。
もう自分の自転車なのだが、まだ自分の自転車の気がしない。
ドロップハンドルには慣れないが、5月の風を切って走るのが気持ちいい。
下高井戸まで戻って来たら、開かずの踏切につかまった。ここはなかなか開かない。ぼくは買ったばかりの自転車を乗ったまま眺めていた。

その時である。
自転車に乗った60代のおじさんがスーッとぼくの横に止まった。
「そのロイヤルノートン、バイチャリで買ったの?」
「……は?はい。今、バイチャリから買って来たところです」
なんだよ、いきなりびっくりだな。
ニヤニヤ眺めてたであろう自分を思い返して恥ずかしくなった。
おじさんは、自分で組んだと思われる自転車に乗っていた。出で立ちも自転車乗り。ヴェテランの風格。
「ぼくもね、買おうかなと思ってたんだよ、その自転車」
輪太郎情報ではこの手のクラシックな自転車は最近人気がないので、お店でもしばらく売れ残っていたということだったが、目をつけている人はいるものだ。
「ロイヤルノートンって今はやってないんですか?ネットで調べてもいまいちわからなくて」
「ロイヤルノートンは一人のビルダーがオーダー専門でやってたところで、去年だったかな、高齢化でやめちゃったんですよ。いい腕の職人さんでね。ぼくも妻用に一台作ってもらったことがあるの」
「これは2000年のだって聞きました」
「じゃあ、まだ現役バリバリの頃だね。いい仕事してますよ。そこの〇〇〇〇とか」
とおじさんは嬉しそうに目を細める。
素人なので〇〇〇〇がどこの部分かよくわからないが
「ええ、そうですよね」
とつい返事してしまう。会話の流れを止めてはいけない。ぼくの中では、おじさんの妻はもう亡くなっている、という感動物語まで勝手にできている。
「きれいだね」
「ピカピカですよね。たぶん前の持ち主はあんまり乗ってなかったんじゃないですか。ずっと車庫で眠ってた感じですよね。ちなみにこの自転車、新品だったらいくらくらいするんですか?」
ケチくさい話だが気になるので聞いてみた。
「たぶんフレームだけでも13,4万はするんじゃないかな、全部入れたら20~25万くらいするかもね」
「おーっ、いい自転車なんですね〜。こういうランドナーってはじめてなんですよ」
値段を聞いて、いい自転車を買ったという確信が持てる素人。
「いい乗り心地でしょう。こうやって話してたら、オレも買っときゃよかったな〜って気持ちになって来たよ」

ロイヤルノートン スポルティーフ

後は何を話したっけかな。
とにかく普段はイライラする開かずの踏切のおかげで、突然の出会いにしてはゆっくり話せた。芦花公園と下高井戸は近所ではない。なのに、買ったその日にこの自転車に目をつけてた人と偶然出会う。そして知りたかったことが一気にわかる。
モノにはエピソードがついてくる。
初日にいきなりめちゃくちゃ愛着がわいてしまった。
踏切が開き、おじさんは道の向こうへと走り去って行った。

※ tokyobikeはどうなったか?
新コロ自粛要請のせいで、飲食店がしまっている。
美味い店のテイクアウト情報を教えてくれる友達がいる。彼が「自転車があると便利ですよねー」と言ってたのを思い出し、さっそく話をつけてみることに。無事、引き取ってくれた。自分が昨日まで乗ってた自転車を今度は友達が乗っているのが妙な気分。娘を売り飛ばしたオヤジはこんな気分なのか?いや感謝ですよ、感謝。しかし半年で手放すとはな(笑)。