新・伊野孝行のブログ

タグ:下高井戸

2020.6.2

ヘヴィ・トリップ 大和魂のゆくえ

下高井戸シネマは昨日6月1日から、営業を再開した。
歩いて5分で着くので、いつも上映10分前に家を出る。しかし昨日は30分前に出た。
なぜかというと、新コロ予防のために一席おきにしか座れなくなっていて、しかも昨日は「映画の日」だった。ギリギリに行って、満席であえなく帰るのは忍びない。
あともう少しで映画館に着く時に、マスクを持ってないことに気づいた。家に取りに帰って、映画館に着いたのは結局15分前。
整理券番号は11番だった。ガラガラである。
日本テレビの取材が来ていた。クラウドファンディングに参加するともれなく貰えるアイスモナカの引換券をさっそく使い、ソファーに座って食べた。自粛期間中に塗り直したという白い壁を見るとはなしに見ていた。
受付にメタルファッションで決めた若い男女の3人組がやってきた。撮影の許可を求めるテレビクルーににこやかな対応をしていて、なんだかかわいいと思った。
そう、昨日見た映画は『ヘヴィ・トリップ 俺たち崖っぷち北欧メタル!』なのだ。
この映画は来月の『シナリオ』の連載で取り上げることにしよう。
だからこれ以上は書かない。この手の映画はだいたい予想がつくけど、予想を上回ってめちゃめちゃ面白いので機会があったら見てください。

さて、先週からにわかに忙しくなってしまって、心に余裕がない。
最近の仕事をお見せして、ドロンドロン。
集英社のインターナショナル新書、島田裕巳さん『大和魂のゆくえ』のカバーを描きました。

嘘です。
実はカバーじゃないの。帯の幅がめいっぱい広がったものなんです。これについて、うまいたとえ話が思いつきそうで思いつかない。種類の違う動物なのに見た目がほとんど同じで、でもそれは似てる方の動物のある器官が異常に発達してそれっぽく見えるだけで、そもそも成り立ちが違う、みたいな動物いなかったかなぁ。思い出せないなぁ。


よく見ると本のサイズより若干背が低い。外すと本当のカバーが出てくる。だから私は帯である、と主張している。しかし、ほぼカバーだ。
日本の書籍は帯をつけることが当たり前になっていて、ブックデザインにとって制約になっている。でもこの超幅広の帯は、これ自体が帯なんだから、帯は巻かれない。帯が帯から解放した?
こういうタイプの帯を本屋で見かけるようになったのは、なん年くらい前からだろう。トリッキーなアイデアに笑っちゃいましたけどね。微笑ましいつーか、いじましいーつーか、なんつーか。外国の出版人が見たらどんな感想を言うかな。
「オーヤマトダマシイ!」って言うかな。
ところで大和魂ってどんな意味かご存知ですか。
担当編集者の言葉を紹介して終わりましょう。

〈「日本人の精神的な支柱とは何か」ということに以前から興味を持っていました。一般に宗教がその役割を果たしますが、宗教に関心のない人は、これまで何を支えにしてきたのか。そんな話を著者にすると、それは大和魂だと教えてくれました。大和魂というと戦争を思い起こします。あまりよいイメージはありません。ところが平安時代は、生活に根ざした知恵を意味していたそうです。大陸からくる学問や知識を日本風にアレンジする。いわゆる国風文化の和魂漢才です。その後、和魂洋才となりますが、和魂はそのまま。大和魂は時代の荒波に翻弄されてきました。いったい大和魂とは何なのか、いまも人々に備わっているのか、これからどうなってゆくのか。昔の人々が関心をもっていた大和魂について少し考えてみませんか?〉

私もこれから読みます!

2020.5.12

愛着モノがたり

自転車好きな友達がまわりに何人かいるのに、ぼくは一切興味がなかった。
それが去年の9月だから半年くらい前か。急に自転車が欲しくなった。
きっかけは『魂のゆくえ』というイーサン・ホーク主演の映画を見たこと。自転車に乗る場面がワンシーンあった。ストーリーには特に関係ないシーンだったけど、イーサン・ホークが自転車に乗る後ろ姿に惹かれた。
イーサン・ホークのファンでは全然ない。名場面でもなかった。でも、なぜだろう。その時自転車が欲しいと思ったのだ。

ウチの近所の喫茶店の店主、仁木順平(仮名)は、まわりにいる自転車好きの一人だ。店主は骨董品のようなプジョーのランドナーに乗っている。
「街乗りで使うなら、tokyobikeとかもいいよ」とお勧めされた。探すとすごく近所にtokyobikeのお店もあった。
てなわけで、思いったったら吉日男のぼくはすぐに買いに行った。車体はブルーグレーというきれいな色だ。

tokyobike26/弓形ハンドルに変更。

まわりにいるもう一人の自転車好きの男、上川輪太郎(仮名)は、自分で自転車を組み上げるほどの愛好者だ。
自転車に興味がなかった頃は彼の家に行くこともなかったのだが、のぞいてみるとすごい仕事場だった。いや、仕事じゃないんだが、これはどう見てもプロだろう。
「伊野くんのtokyobikeはさて、どう改造しようか」といじる気満々。いやいや今のままでいいっす。少なくとも5年くらいはこのままま乗るつもりなんで。
でも、彼と話していると自転車の奥深さに触れられる。
愛車のtokyobikeでは少し物足りなくなって来たのも事実。

上川輪太郎(仮名)宅ガレージ

先週のこと。
輪太郎から「芦花公園の自転車屋で、伊野くんに絶対似合う中古自転車を見つけたよ。買えば?」と連絡があった。
ロイヤルノートンというメーカーの20年前の青いランドナー。輪太郎もロイヤルノートンについては詳しくはない様子。
すでにtokyobikeがあるけど、自転車は一台一台みんな乗り心地が違うのだ。
試乗してみたら良かったので買うことにした。新コロ10万円給付もあることだし。その日はお金を払って後日取りに行くことに。

懐中電灯がついている!
昔気質なたたずまい
試乗中

家に帰って、「ロイヤルノートン」で検索をかけるといくつか記事が出てくるが、ホームページがない。埼玉にあるメーカーで、今はやってないらしいということはわかった。

翌日、下高井戸から4駅先にある芦花公園駅まで電車に乗り(ひさびさに電車に乗った)、甲州街道沿いの「バイチャリ」という自転車屋さんに取りに行った。
もう自分の自転車なのだが、まだ自分の自転車の気がしない。
ドロップハンドルには慣れないが、5月の風を切って走るのが気持ちいい。
下高井戸まで戻って来たら、開かずの踏切につかまった。ここはなかなか開かない。ぼくは買ったばかりの自転車を乗ったまま眺めていた。

その時である。
自転車に乗った60代のおじさんがスーッとぼくの横に止まった。
「そのロイヤルノートン、バイチャリで買ったの?」
「……は?はい。今、バイチャリから買って来たところです」
なんだよ、いきなりびっくりだな。
ニヤニヤ眺めてたであろう自分を思い返して恥ずかしくなった。
おじさんは、自分で組んだと思われる自転車に乗っていた。出で立ちも自転車乗り。ヴェテランの風格。
「ぼくもね、買おうかなと思ってたんだよ、その自転車」
輪太郎情報ではこの手のクラシックな自転車は最近人気がないので、お店でもしばらく売れ残っていたということだったが、目をつけている人はいるものだ。
「ロイヤルノートンって今はやってないんですか?ネットで調べてもいまいちわからなくて」
「ロイヤルノートンは一人のビルダーがオーダー専門でやってたところで、去年だったかな、高齢化でやめちゃったんですよ。いい腕の職人さんでね。ぼくも妻用に一台作ってもらったことがあるの」
「これは2000年のだって聞きました」
「じゃあ、まだ現役バリバリの頃だね。いい仕事してますよ。そこの〇〇〇〇とか」
とおじさんは嬉しそうに目を細める。
素人なので〇〇〇〇がどこの部分かよくわからないが
「ええ、そうですよね」
とつい返事してしまう。会話の流れを止めてはいけない。ぼくの中では、おじさんの妻はもう亡くなっている、という感動物語まで勝手にできている。
「きれいだね」
「ピカピカですよね。たぶん前の持ち主はあんまり乗ってなかったんじゃないですか。ずっと車庫で眠ってた感じですよね。ちなみにこの自転車、新品だったらいくらくらいするんですか?」
ケチくさい話だが気になるので聞いてみた。
「たぶんフレームだけでも13,4万はするんじゃないかな、全部入れたら20~25万くらいするかもね」
「おーっ、いい自転車なんですね〜。こういうランドナーってはじめてなんですよ」
値段を聞いて、いい自転車を買ったという確信が持てる素人。
「いい乗り心地でしょう。こうやって話してたら、オレも買っときゃよかったな〜って気持ちになって来たよ」

ロイヤルノートン スポルティーフ

後は何を話したっけかな。
とにかく普段はイライラする開かずの踏切のおかげで、突然の出会いにしてはゆっくり話せた。芦花公園と下高井戸は近所ではない。なのに、買ったその日にこの自転車に目をつけてた人と偶然出会う。そして知りたかったことが一気にわかる。
モノにはエピソードがついてくる。
初日にいきなりめちゃくちゃ愛着がわいてしまった。
踏切が開き、おじさんは道の向こうへと走り去って行った。

※ tokyobikeはどうなったか?
新コロ自粛要請のせいで、飲食店がしまっている。
美味い店のテイクアウト情報を教えてくれる友達がいる。彼が「自転車があると便利ですよねー」と言ってたのを思い出し、さっそく話をつけてみることに。無事、引き取ってくれた。自分が昨日まで乗ってた自転車を今度は友達が乗っているのが妙な気分。娘を売り飛ばしたオヤジはこんな気分なのか?いや感謝ですよ、感謝。しかし半年で手放すとはな(笑)。

2020.4.14

ぼくの映画館は家から5分

下高井戸には都合2回住んでいる。合計すると22年になるので実家より長い。すでに郷土愛のようなものもある。
今年の1月号からリニューアルした老舗脚本専門誌「シナリオ」で、『ぼくの映画館は家から5分』と題して、絵入の短いエッセイを連載させてもらっている。
この映画館は、もちろん下高井戸シネマのことだ。

バラエティに富むラインナップ、会員割引のお得感。下高井戸シネマは日本一の二番館だと思っている。でもやっぱり家から5分で行けるのがいい。引っ越すと近所に映画館がある生活を手放すことになる。それが惜しい。映画館だけではない。引っ越してここに来にくくなるのがヤダ、というお店や場所がいくつかある。この町が気に入っている。
だからこの連載では、下高井戸界隈のことを絡めて書こうと思った。
映画の専門家ではないぼくが専門誌に書けることと言ったら、それくらいのことしかないのだった。

さて、新コロ緊急事態宣言下、我が下高井戸シネマも休館を余儀なくされている。
クラウドファンディングがあることを知った。
いつもネタに使わせてもらっているのだから、ひと肌脱がねば。

新型コロナによる減収に負けじと奮闘中!特典満載の会員限定募集!【下高井戸シネマ】

『ぼくの映画館は家から5分』がゆくゆく一冊の本にまとまる……ということもないだろうから、ご挨拶がわりに4回分を載せてみます。




「シナリオ」はギャラ的にまったくおいしくはないのだが(スミマセン)、そんなことを気にせず楽しく仕事が出来る。むしろ他の仕事より気合が入るくらいだ。5月号までの表紙をご覧ください。楽しそうでしょ?

リニューアルのアートディレクターは日下潤一さん。自由なのは絵や写真だけではない。ロゴだって毎号微妙に違うのだ。下の引用は日下さんのブログより。

〈ロゴのデザインは「ヨコカク」の岡澤慶秀さん。カタカナ4文字を、太さとプロポーションが違う書体で組合わせたいという私の希望に、5書体5ウエイトのセットを作ってくれた。これを毎号ちがう組み合わせで使っていく。岡澤さんの巧妙なデザインに、気がつく人は多くないと思う。変えても同じ雰囲気になるのが面白い。欧文書体、表紙のデザインや絵や写真も毎号ちがえる。本文のイラストレーションは、一冊まるごと伊野孝行君である。〉

本屋で見かけたら、ぜひ立ち読みでもしてください。