新・伊野孝行のブログ

タグ:下高井戸シネマ

2020.9.29

引っ越しても、歩いて5分

今日はまじめにブログを更新しよう。
実は今、引越しの真っ最中であります。これがちょっと特殊な引越しで、となりの部屋に引っ越します。
ウチはメゾネット住宅というのか、一軒家を二つに仕切って、それぞれに玄関がついている(もともとは大家さんと息子夫婦が二世帯で住むように作られた建物)。先月、となりに住んでいた転勤家族が地元に戻って行き、空いたのでそっちに引っ越すことにしたのです。
となりの方がかなり広い。
部屋番号というものはなく、同じ敷地に建つ一軒家なので当然引っ越しても住所が同じ。これも気に入りました。転居のお知らせをする必要がないからです。
でもガス、水道、電気、電話会社には連絡しなくてはなりません。最近はネットから入力できる。でも、同じ住所を入力するとエラーになるので、直接電話して説明しました。それでも伝達ミスがあったのか、ガスの開栓に立会人が来なかった。仕方がないので、数日間お風呂だけは旧我が家で入りました。
部屋の広さや間取りは違っても、基本的に同じ家なので雰囲気はあまり変わらないし、窓から見える景色もちょっとズレるだけ。
あたりまえですが最寄駅も変わりません。
つまり、引っ越しても下高井戸シネマまで歩いて5分なのです。
というわけで、月刊「シナリオ」で連載している『ぼくの映画館は家から5分』の最近分を紹介しよう。
もし、他の街に引っ越していたら、この連載を終わらせるか、『ぼくの映画館は家から電車で40分』とかにタイトルを変更しなくてはいけませんでした。電車で40分もかかったら、すでにぼくの映画館ではないね……。






月刊「シナリオ」はこの連載だけでなく、中身のイラストも全部一人で描いてます。たまに表紙まで描くこともあります。まったくもって大車輪の大活躍である。しかも、ラフもなしに好きに描いて渡している。これで原稿料がよかったらなぁ……なんてことは1ミリも思ってません。『話の特集』の無給のアートディレクター兼イラストレーター、和田誠さん気分を少しでも味わえるのだから。
8月号の表紙に描いた女性はイランの脚本家、ナグメ・サミニさんです。一般の人は誰も知らんでしょう。私も知りませんでした。凛とした美人で超知的な方。イランって抜けるような青空のイメージがあるんですけど、いつか行ってみたいな。






さて、まだ引越し作業が残っています。
旧我が家には12年も住んだので、移ることに若干の寂しさもあったのですが、家具やガラクタが部屋からなくなると、ただの箱という感じになって、未練はさっぱりありません。

2020.3.31

『カツベン!』とマントの襟

29日は雪だった。
天気予報は何日も前から29日の雪を予想していた。前日までぬくぬく陽気だったので信じられなかった。
二階の窓を開けると、隣の家の桜に雪が降り積もっている。
花に嵐のたとえはあるが、花に雪とはあな珍しや。
酒や酒や、酒もってこい!雪見酒と花見酒ができるチャンスである。

その晩は変な夢を見た。
高校の修学旅行。移動中に他クラスの生徒と話す機会があった。Sという名前だった。思いのほか話し込んでしまう。別れ際、ぼくは彼にこう言った。「S君がしゃべってるのは48歳の俺が夢の中で見ている18歳の俺なんだよ」と。S君はなかなか理解ができないようだった。

30日は10時に下高井戸シネマへ周防正行監督『カツベン!』を観に行く。
コロナ対策で一席間隔で養生テープが貼られている。スマホの電源を切る前に、LINEをチェックすると「志村けんが死んだぞー」と入っていた。ショック!
映画が始まっても、志村けんの顔が頭から離れない。

『カツベン!』はとてもよくできた映画だった。
活動弁士って外国にもいるものだと思っていたが、日本にしかいなかったんだ。知らなかった。
映画が面白くなくても活動弁士が面白く語って聞かせる。「客は映画を観にきてるんじゃない、活動弁士の俺を観にきているんだ!」と吠える弁士も登場していた。映画とは何かを考えさせられる映画でもあった。

活動弁士と同じく、紙芝居も日本にしかないものだ(紙芝居も外国にあると思ってた)。日本は語り芸の国か。

これは『ダイヤモンド・ザイ』に描いた「怪人二十面相と少年探偵団」風の絵だ。
誌面では怪人二十面相たちが株の話を展開していく。怪人二十面相や明智小五郎、少年探偵団といったキャラは今の読者にも通じるものなんだろうか。
小学校の図書館に江戸川乱歩のシリーズがあったが、ぼくは当時ほとんど本を読まなかったので詳しくない。株をやってるお父さんたちにはちょうどいい狂言回しなのかもしれない。




ところで、怪人二十面相のマントだが、裏が赤いと絵に映える。また襟が立っているとカッコいい。
こういうマントはどこから来たのか。たぶんドラキュラ伯爵ではないか。引用すると負けた気になるウィキペディアにこんなことが書いてあった。1920年代に上演された舞台の話だ。

〈この舞台ではドラキュラが観客に背を向けて一瞬にして消滅するイリュージョンの演出があり、そのために後頭部(首)が隠れる大きな襟の立ったマントが必要だった。ドラキュラのマントの襟が立っているのはこの時の名残である。ちなみにマントの正確な着方は、襟を寝かせるもの。このスタイルを初めて映像化したのが『魔人ドラキュラ』(1931年)である。〉

襟はもともと立てるものではないから、立たせるためには、芯のようなものを入れないといけない。
こんな具合にな!グワッハハハハハ!!