新・伊野孝行のブログ

タグ:仏教

2020.4.21

仏陀としての勝新

新コロナウィルス、略して「新コロ」という名前が気に入っています。
何かちょっと楽しい気持ちが1ミリくらいは湧いてくるじゃないですか、新コロ。コロっていう語感がかわいいんですが、殺伐とした世の中から距離を保とうという気持ちが込められた、ちょっと小馬鹿にした呼び名ですね。不要不急の緊張も身の毒ですから。

飼い主はステイホーム、愛犬のコロちゃんはハウス!

人間は距離を取ろう。犬にも新コロは感染るって話ですが、犬は人間と違って自分が新コロに罹るんじゃないかという心配はしない。それどころか自分がいつか死ぬ存在であることも認識していないでしょう。

この絵は特に新コロとは関係ありません。時間があったので、前に作ったモノクロの版画をカラー化してみました。ドンマイ、ドンマイ!きっとウマくいくよ。と無責任に励ます馬です。

お仕事の報告をさせてください。
新潮文庫、木内昇さんの新刊『球道恋々』のカバーを描きました。『球道恋々』は連載時の挿絵、単行本のカバー、そして文庫本のカバーと、「完投」させてもらいました。挿絵は描いたけど単行本は別の人が描く、単行本は描いたけど文庫本は別の人が描く、という投手交代はよくあるので、最後までやらせてもらえるのは嬉しいです。


木内昇さん『球道恋々』連載時の挿絵はコチラ!
木内昇さん『球道恋々』単行本カバーはコチラ!

玄光社『イラストレーション』誌は和田誠さん特集。『和田誠の「この仕事」』というコーナーで「自分にとって印象深い和田さんの作品」を選びました。
素直に「倫敦巴里」にしようと思ったのですが「他に二人選んでらっしゃいます」という編集部の声に忖度し、絶対ダブらないであろうこの本にしました。山城新伍著『おこりんぼ さびしんぼ 若山富三郎・勝新太郎無頼控』。なぜこの本を選んだかの理由は立ち読みでもしてください。テーマは愛です。


コロナの終わった頃、略してコロコロには世界はどうなっているのでしょう。出口治明さんがおっしゃてたけど、14世紀のペストはルネサンスを生み出したらしいですね。アフターコロナ、略してアフコロが良い時代になりますように。
そんな未来もくるかもしれない。でも今この時にも、自分たちのお気に入りのあの店この店は、どこも窮地に立たされています。ほとんどが中小企業ですらない零細企業や個人商店。個人のお店だからこその雰囲気やサービスや味に愛着を持ちます。あの街この町が好きな理由はそういった店や場所があるからなんです。回らなくなった経済、お金の問題はどうすればいいのでしょう?

ところで、勝新太郎は映画やテレビの制作に妥協を許さずこだわりまくり、豪快に人に奢りまくり、大借金をこさえました。勝新は自らのお金感についてこう書いてます。初台のマンションで中村玉緒との会話です。

〈 家の台所の食事をする所から、東京タワーがよく見える。
「パパ、東京タワーきれいでっしゃろ。なんであんなにきれいに電気がつくか、知ってますか」
「観光客のためだろ」
「違います。…… じゃーここの家は、なんで電気がつくんです?」
「電気がつかなくなったら、なんにも見えなくなるからさ」
「違います」
「……」
「つかなくなったら、パパ、どうします?」
「ヒューズがとんだんだろ」
「違います」
「じゃー電気の球が切れたんだ」
「違います」
「じゃ、電気屋を呼んで、調べてもらえばいいじゃないか」
「調べてもらっても、つきまへんえ」
「どうして?」
「わかりまへんか」
「……」
「お金を払わなぁ、電気はつけてくれまへんで」
「じゃ、払やぁいいじゃねえか」
「パパ、払えますか」
「俺は払えなくても、銀行が払ってくれるだろう」
「ほんま、それやったら、よろしいねん……。パパ、銀行にお金があるんですか?」
「ないよ、俺の金はないよ、銀行の金があるだろう」
「ほんまにそんな風に、パパ考えてるんですか」
「ああ、俺に金がなくっても、日本に金がなくなった訳じゃないんだから、心配するな」
「パパと話していると、あほらしなってくる」〉

勝新太郎著『俺、勝新太郎』より。

勝新はお金に関して仏陀、つまり目覚めた人であったにちがいありません。
諸行無常、お金には絶えず懐から出たり入ったりして一瞬たりともとどまらないものである。
諸法無我、お金は人間の作ったフィクションであって、実体はない。

2020.3.17

奈良の宇宙芸術!

先日、奈良に行ってました。
東大寺二月堂の修二会を見てきました。

「お水取り」という名で知られるこの法会、国宝のお堂で、燃えさかるでっかいお松明をぐるぐる回したり、担いだまま走ったり、火の粉を撒き散らしたりするのがメインイベントかと思っていましたが、違ってました。


この松明、もとは片手で持てるサイズで、練行衆(修二会を行う僧侶)がお堂に上がる時に、足元を照らすための実用的な照明でした。こんなに巨大化したのは江戸時代からなんだって。

しかし、驚くのはそこじゃなかった。
お堂の中ではすんごい法要が長時間に渡って行われていた。

人間の声、打つ音、鳴る音の構成がすごい。静寂、騒がしさ、ときおり現れる強烈な動!がすごい。そして法要の最後の方にある「達陀の行法(だったんのぎょうほう)」は、今までの人生で見たものすべての中で、ナンバーワンなんじゃこりゃぁあ!だった。

見た者は興奮を隠せない。
神秘な宇宙芸術!

いや〜……スゴかったな……1200年以上続くこの行事、短い自分の人生と交わったことが一つの幸福であります。
修二会の報告をするには、私はあまりに力不足で無力です。それに、今週は時間がないしなっ。というわけで、二月堂からの美しい夕焼けでサヨウナラ〜。

奈良でお世話になった方々に感謝いたします。

2019.12.10

ヤマトタケルのご利益は何か?

身近にあるけどよくわからないもの、それが神社。

我が故郷、三重県が自慢できる数少ないものの一つに伊勢神宮がある。今年のお正月にお伊勢参りに行ったのだが、なんと実質初めての参拝だった。幼年時代に行っているらしいが、全く記憶にはない。
旧ブログに参拝のレポートも書いた。

おかげ横丁は前に進むのも困難だった。

ブログ〈2019年正月、はじめての?伊勢参り〉

故郷を離れてはや30年。年に一度は必ず帰ってるが、その間、お参りしようなど頭にもなかったな。
2012年は古事記編纂1300年記念の年で、イラスト仕事で神話の絵をよく描いた。その後も時々神話の絵を頼まれることがあった。しかし特に自分と神社の距離は縮まらなかった。ここの神社にお参りすればこういうご利益があるとか、そう言われてもさ、ああ、そうですかってくらいで全然納得できないし。ついでに言えばお寺もそう。
昨年放送された神仏習合をテーマにした「歴史秘話ヒストリア」ではアニメを担当した。描いたのは神話の絵ではなく、奈良時代に神道が仏教に接近してきて、だんだんゴチャマゼになっていく様を表す再現ドラマの代わりだった。
この番組をやったことがきっかけで、神社はやや身近になった。これもまたブログに書いた。

古墳時代末期(5世紀〜6世紀前半)の祭祀の様子。

ブログ〈ヒストリアだよ神仏習合!〉

仏教伝来は日本書紀によれば552年。欽明天皇が百済からの使節に謁見。この当時は天皇という呼び名ではなく大王(おおきみ)。

ブログ〈神仏習合の時代考証秘話その1〉
ブログ〈神仏習合の時代考証秘話その2〉

ただし相変わらず神道も神社もよくわからない。
よくわからないっていうか、わかったところで真理に到達できるものではないっていうかさ。神仏習合とはなんだったか。神と仏がテキトーな感じで「いい加減にゴチャマゼになっている」その「いい加減さ」こそが日本人の知恵ではなかったか。日本人の本質ではないか。放送から時間が経ってしまったので、細かいところはだいぶ忘れたが、そんな感じで「わかった」つもりにはなってるんだけど。
神仏習合を経た神道は明治以降、国策として国家神道になる。そこに原理主義的に純粋なものを求めてもしょうがないんだよ、三原じゅん子さん。神武天皇は実在の人物じゃないからなっ。純粋なものを求める姿勢はあぶないよ。オレなんか「いい加減にゴチャマゼしてた」って聞いて逆に信用できそうな気がしたね。植木等を信仰しているので。ウエキヒトシノミコトを。

ちょうど一年前、900年休まず続く奈良の「春日若宮おん祭」に行った。いにしえの奈良の都のおん祭はこうであったか、人の神とのおつきあいはこうであったかと、そんな体験をした。祭の起源のようなものもちょっとわかった。これもまたブログに書きました。

春日若宮おん祭のお旅所。芸能が奉納される。写真は神楽の様子。芸能奉納はぶっ続けで8時間くらいある。
ブログ〈春日若宮おん祭での三角関係カミ体験〉

そんなわけで、普段から神や仏のことをぼんやり考えていると、神や仏関係の仕事がススっと来たりする。去年に引き続き「趣味どきっ!神社めぐり」が放送されています。Eテレで火曜午後9時30分~ 午後9時55分。今日は第2回目です。再放送もあり。神社への入り口はこの番組からどうぞ。

先週の放送分のアニメからヤマトタケルの神話をお見せしてサヨナラしましょう。
建部大社の御祭神はヤマトタケルノミコト。神社のご利益は、お祀りされている神様の得意分野なんだそうだ。ヤマトタケルの得意分野はズバリ「災難・災厄よけ」だ。キャプションは番組のナレーションを勝手に私が脚色してますのであしからず。

昔々、端麗な顔立ちで、とても力が強いヤマトタケルという少年がいました。力が強いのででっかい石も軽々と。

力を持ちすぎると警戒される。誰に?親父に!というわけで、父は彼を自分から遠ざけるために、九州の反乱者を倒しにいけと命じました。

ヤマトタケルは少女に変装して、宴会にもぐりこみ反乱者を討ち取ります!美少年なので女装してもバレないのです。

「お父さん戻りました」しかし暖かく迎えてくれる父ではありませんでした。「今度は東の反乱者を倒しに行け」と命じられます。「父は私に死んでしまえと言っているのか……」夕日に照らされたタケルの頬を熱い涙が流れます。そして東に旅立つのです。

駿河国に来たヤマトタケル。敵に沼地に誘い込まれ周りに火をつけられます。

迫り来る火の中、剣で草を薙ぎ払い、刈り取った草に火をつけます。すると火は外に燃え広がり、敵を焼き払って勝利します。

このヤマトタケルを救った剣は「草薙の剣」と呼ばれるようになるのです。三種の神器の一つとして、新天皇にも継承されています。……ホンマでっか!?

各地に遠征したヤマトタケルは日本をひとつにまとめることができました。

尾張国に戻ったヤマトタケル。「ねぇねぇタケルさん、伊吹山に悪い神がいるんだよ〜」

「よしっ!オレが退治してやる」と勇んで出かけたヤマトタケル。ちょっとちょっと何かお忘れじゃありませんか?草薙の剣を!

険しい山の途中、巨大な白いイノシシに出くわします。「こやつ、山の神の使いだな」ヤマトタケルはイノシシを威嚇しておきました。

すると突然、激しい雨と雹が降って来ました!行く手を阻まれたヤマトタケル。

白いイノシシは神の使いではなく、神そのものだったんですね〜。神の怒りに触れてしまったわけです。

雹に打たれて衰弱したヤマトタケル、故郷の大和を目指しますが、ついに伊勢国で力尽きたということです。享年30歳。

ヤマトタケルはキース・へリングや沖雅也より1歳若く、ブルース・リーより2歳若く、アンディ・フグより5歳若く亡くなっています。
あ、そうそう、なんでヤマトタケルに「災難・災厄よけ」のご利益があるかっていうと、父(大王)に従わない反乱者、つまり、降りかかる災難を各地をまわって取り除いた。そんで草薙の剣でもって災難から逃れたから、なんだって。