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伊野孝行のブログ

新年ボンヤリおめでとう

新年あけましておめでとうございます。
人間よりも猫に生まれた方が、過去を引きずったり、未来の心配をしなくていいので、幸せなのではないかと思っています。でも猫にはお正月がない。新しい年が来たらもう一度生まれ変われるような、そんな気分が味わえない。そもそも一年という区切りを必要としないから猫は猫のままに幸せなのでしょうけど。
人間はいつくらいから一年の区切りを発明したのでしょうか。
日本のような四季の違いがはっきりしている土地なら、春夏秋冬が順繰りにやって来る一年の周期はモチロン承知のはず。毎日暑い常夏の土地では、ボーッと生きていたら一年の周期がわからないかもしれませんね。いや、原始人は自然に超敏感だから、周期があるのはわかってたと思いますが、昨日と今日ではっきり年がかわるという区切りは、農耕を始めて暦が作られるようになるまで待たねばならないのでしょう。
新しい年が来ることの何がめでたいのか、猫にはわかりません。
大晦日、除夜の鐘をついていると新年になり、日本人は思いを新たにするのである。 
私は、今年、年男です。イノシシ年生まれのイノです。
平成の最後で西暦でいうと2019年。西暦を導入したのは明治だけど、それ以前はどうやって昔の時代に思いを馳せていたのでしょう。大化の改新645年。それは今から1374年前……って西暦という通し番号があるから脳内タイムマシーンの目盛りを合わせられるけど、元号しかないといったいどれくらい前なのか計算できないじゃありませんか。
何やら干支を使って計算する方法もあるらしいけど、人々にとって過去は、去年、10年前、昔、昔々、大昔というくらいのボンヤリ感覚の中にあったのかもしれません。
それに加えて写真がない時代は、自分のおじいちゃんおばあちゃんが早くに死んでいれば、祖父母の顔がわからない。写真がないなら当然、自分の子どもの時の顔も残っていない。子どもの頃の自分はなんてかわいいんだろうとか、10年前は俺もけっこう肌がツヤツヤしてたな〜なんて感想は出てきません。
自分が今生きているこの時、この場所だけが鮮明で、あとは過去に遡るにしたがい、距離が遠くなるにしたがい、薄ボンヤリしていくのです。そして歳をとって頭もだんだんボンヤリしてきて、やがて時間と空間の中に消えて行くのです。
だから昔の人と今の人は感覚が絶対に違うわけであります。なんてかわいいのだろう。私にこんな時があっただなんて私が信じられない。いくつの時だろう?父親に持ち上げられて悲鳴をあげているのに、両親や祖父母、親戚は笑顔だ。ここは伊勢神宮。初詣かもしれない。伊勢神宮には小学校に上がってからもう一度行った覚えがあるが、覚えがあるだけで覚えてはいない。
今更、無理ですが、そんな昔の人が生きていたボンヤリ感覚の中に生きてみたい。歴史学も発達しておらず、神話が半分本当で、一度別れたらそれっきりかもしれない人間関係、外付けハードディスクは限られた書物や石碑くらい?いや、絵もそうか。絵描きたちも例外なく、与謝蕪村も曾我蕭白も岩佐又兵衛も……この感覚の中で絵を描いていたのです。それは絵にどういった影響があるのでしょう。また逆に、まるで生き写しのような写実的な絵や彫刻の存在感は、今とはかなり違うはずです。
……とかなんとか言いながら、最近は中高年の例に漏れず、年々昔のことに興味がわき、通史の名著として名高いらしい全26巻、中公文庫「日本の歴史」を読み始めた私です。昔の人間が持っていたボンヤリ感覚から自ら遠ざかる行為をしているのです。
狩猟採集民や近代教育を受けていない民に興味をもち、彼らの研究をすることは、彼らと親しく交わりながらも絶対に同一化できない壁を持つことでもあります。研究者ならそれでいいでしょう。
でも、彼らが作り出す絵や陶器や刺繍の面白さに打たれて、自分でも作ってみたいと思う人は、自分が彼らのように生きられないことに絶望を感じるでしょう。
研究しても作れるようにはなれない。ああ、私も自然に帰りたいと。まあ、あきらめるしかありませんよねー。
結局、それもあこがれ。
自分は自分の境遇において、自分だから作れるものを作っていくしかない……なんて、いや、別にこんなことを真剣に悩んでいるわけではなくて、正月早々、ブログの記事を無理やり書いているうちに、拙文の織りなす模様として出て来たどうでもいいことなので、いつものように読み飛ばしてください。
SNS全盛時代、すでにブログというものがあまり書かれなくなった今こそ、ブログを書くべきなのだ!と思って、無理にでも書いているのです。今年も毎週火曜に更新していくのでヨロシク!
東京人はスカイツリーにのぼらない。静岡県人は富士山に登らない。そして三重県人は伊勢神宮に参らない……の禁を破って(ウソね)、たぶん40年ぶりくらいに、お伊勢さんに行ってきました。1月4日のことです。
さっきの幼年時代のお伊勢参り写真も、40年前のお伊勢参りも全然覚えていないので、まるで初体験です(なんだ、記録媒体が進化しても、相変わらず人間はボンヤリしてるじゃないか)。
はじめて知ったのですが「伊勢神宮」は全部で125社あるお宮の総称で、しかも通称のようです。本当の名前は「神宮」。ただの神宮って名前なんだそうですね。
内宮(ないくう)と外宮(げくう)があり、まず外宮にお参りしてから内宮に行くのが順番なんだけど、外宮から内宮までなんと歩いて30分〜40分もある!頑張って歩きましたよ。
その途中に倭姫宮(やまとひめのみや)という神社があり、そこに「神宮徴古館」という伊勢神宮の博物館があるのですが、そこは4、5人しかお客さんがいなかった。穴場ですね。ぜひ訪れてください。
神宮徴古館はこんな建物です。ネットの写真より。
普通に歩くより、美術館、博物館を見物する方が疲れます。なんででしょう。頭も使うからかな。神宮徴古館を見終わった時、年老いた両親はかなり疲れ果てていました。しかし、内宮まで道半ば。歩いてこそ昔のお伊勢参りを実感できるというもの。頑張ろう!
で、やっとの事で内宮に着くと、人、人、人の人の海。外宮と内宮の間の道にはそんなに人がいなかったのに。
つまり内宮だけにお参りする人がほとんどというわけです。
また今度はお正月じゃない時に行ってみよう。
おかげ横丁は前に進むのも困難。
子どもは信心が薄いので早く疲れる。
天照大神の御光が参拝者に降りそそぐ。
内宮の正宮。階段より先は撮影禁止。
みんながありがたく触るので色が変わった木。写っている人は知らない人。
こういう建物はなんと呼ぶのでしょうか?
さて、無事お伊勢参りも済ませ、近鉄で津の町に帰ってきて、うなぎを食べました。
お店は「はし家」さんです。この写真は「上うなぎ丼」です。2340円。お酒とう巻きは別だけど、東京では信じられない値段でしょう?津は昔、うなぎの養殖が盛んで、鰻屋さんが多くて、名物なのです。
翌日、5日の朝日新聞で林望さんが「カリカリ鰻」と題したエッセイを書いていました。
内容をかいつまむと、鰻の蒲焼きには東京風(白焼きにしてから蒸す。ふんわりとした口当たり)と上方風(直焼きで焼き込む。はじっこあたりがカリカリしてる)の2種類ある。ところが最近は、東京は当然のこととして、大阪神戸といった上方でさえも東京風の蒲焼を出す店が増えて、上方風蒲焼を口にする機会が減った。非常に残念なことだと嘆いていたところ、名古屋でやっとこ上方風のカリカリっと焼き上げた鰻に出会い、口福を得た。そんな内容でした。
林望先生にお伝えしたい。津には鰻屋が20軒以上ありますが、どのお店も上方風です。食べにきてください!
逆に私は上方風しか食べたことがない両親に一度、東京風の口の中でとろけるような蒲焼を食べさせてあげたいと思っていますが。
はい、宣伝をば。
1月10日から原宿ビームスではじまる『エンケン大博覧会』に私の絵も飾られることになりました。年明けにご連絡いただいて、急遽って感じですが、エンケンさんの大ファンである私としてはめちゃ光栄なことです。
エンケンさんが亡くなった時、どうしても自分の文章でエンケンさんのことを書かないと先に進めない気がして、ブログに書きました。その時に描いた絵を展示します。よかったら見にきてね!