伊野孝行のブログ

年明けの「笑なん」

今週は日本農業新聞で連載している島田洋七さんの自伝的エッセイ「笑ってなんぼじゃ!」の挿絵から。高校野球の強豪校、広島の広陵高校に入学が決まり、佐賀のがばいばあちゃんの元を離れ、念願のお母さんとの二人暮らしが始まりました。

短い抜書きではなんのこっちゃ話がわからないと思いますけど(挿絵も気に入ってないのは外してるし)、そういうものと思ってご覧ください。春休みが始まったばっかりで、入学式まで日にちもたっぷりあった。
「それが、ええ。お金渡すけん、行って、ばあちゃんの様子見ておいで」
「いや、そんなにお金はいらんよ。俺、自転車で行くばい」
「え! 自転車でか?」頑張ってペダルを漕いだら、あっという間に岩国に着いた。
 広島を出ると横川、己斐、五日市、廿日市、宮島口、大野浦、玖波、大竹、そして山口県の岩国。
走りながら、流れる景色にちょっと胸が熱くなった。
それは汽車の中からいつも見ていた景色と重なっていたからや。川を見つけると、水を飲んで、足を洗って、自転車を洗って休憩した。
 そうこうしているうちに山道が終わり、日が暮れてきた。
さて、どこで寝ようか。よくばあちゃんは「お寺は困ったことがあったときに相談しにいくとこや」と言うてたんを思い出した。
 お寺に泊めてもらおう!俺の生い立ちのこと。佐賀に預けられてからの話、貧乏だった話……。
 住職さん、奥さん、おじいさん、おばあさん、そして3人の子どもたち。
みんな俺の話に泣いたり笑ったり。
本堂はさながら俺のワンマンショーのステージと化した。この話をじっと聞いていた住職さんは
「いやいや、恐れ入りました。えらい。たいしたおばあちゃんじゃ」
とえらい感心された。川のほとりでおにぎりを頬張りながら、キラキラと日の光で光る川面を見ていたら、ばあちゃんのことを思い出した。

 ばあちゃんは、よく「人生は川ばい」と言うていたなあ。待ち合わせ場所のバス停まで迎えにきたおじさんは、「自転車できたとか!」
と目を丸くしてたよ(笑)。俺は思いっきり大きな声で叫んだ。
「ばあちゃーん!」
ばあちゃんは、こっちを見てびっくりした顔で俺を指差して、「あーーーーーーーーーーーーっ!」
と叫んだ。「こんな早う起きて何するんや? 魚釣りでも行くんか?」
「いや、俺、一緒に仕事に行く」
ばあちゃんは、俺が一緒に行くのを嫌がるかなと思ったけど、意外とあっさり
「よかよ」
と言った。別れ際、俺とばあちゃんは握手をした。
「また、来るよ」
その時、初めて気がついたんや。ズボンを脱いでみたら、赤く腫れ上がって、血が滲んでいた。
お尻のかさぶたも破けて血が出てる。
もう、これはあかん!
そう悟った俺は、ヒッチハイクをすることにした。トラックは快調に国道を走り、国道沿いのめし屋でラーメンをごちそうになった。
 自転車やったら4日かかった道を夕方前には広島に到着し、俺は平和公園の前で降ろしてもろた。「ありがとう、おかあさん……」
 かあちゃんは、そう言うと、もう一回、遠くのばあちゃんに頭を下げながら
「ありがとう、おかあさん」
とささやくような声で言うた。