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伊野孝行のブログ

年末の「笑なん」

日本農業新聞で連載中の島田洋七さんの自伝的エッセイ「島田洋七の笑ってなんぼじゃ!」の挿絵から。といっても、挿絵を全部ここに載せるわけではなくて、あんまり気に入っていないのは外している。じゃあ、仕事においては気に入ってないのもオッケーにしてるわけ?と問われそうだ。確かに満足のいくまで描き直せばいいんだろうけど…自分の設定しているギリギリ合格点をすれすれクリアできればオッケーにしちゃうので、後でこうやってアップする時に外すことになる。もし同業者の方がご覧になったら、「伊野くんの合格点は低いね〜」なんて言われちゃうかもね。挿絵を描いたあたりの文章を抜き書きしていますが、そもそも気に入らない挿絵を外しているので、話が繋がらないでしょう。 堀で1時間半ほど、釣りを楽しんだら、またしても、釣果と竹竿を俺に抱えさせて帰るんや。俺の心の中に疑問符が浮かんできた。そこで、先生に聞いてみた。「先生、これって二人乗りちゃうん?」友達と中学時代の思い出話をしてて、「中学校に行ってみよか?」ということになって、車で中学校まで乗りつけた。笑いは心も体も元気にしてくれる。これは科学的にも証明されていて、免疫力がアップしたり、脳の活動が活発になったりもするらしい。そこで笑って健康になるCDをつくってみた。「笑えば医者いらず」発売中!何気なく窓からのぞいてみると、電気もつけない暗い教室の中にいたのは、理科の男の先生と美人教師と呼ばれていた音楽の先生だった。相合い傘の黒板は、俺とばあちゃんの伝言掲示板として大活躍した。ある日、学校から帰ってくる。ーー昭広へ。鍵は玄関の植木鉢の中です。ばあちゃんとでかでかと書いてあるんや。俺は一目散に駆け寄って叫んだ。「先生! 俺の特急券と2千円がない!」先生は俺を職員室まで連れていった。そして、自分の財布から5千円札を差し出した。91歳になった今は「最近、バイク乗れんようになったし、自転車乗ってる」「先生、自転車のほうがよけ危ないで!」 言うても笑ってる元気な91 歳(笑)。気になった俺は、普段あまり誰も来ない相撲道場の裏に久保を呼び出した。「修学旅行なんで行かんと?」3年間、一緒に頑張ってきた野球部員全員で、一人も欠けることなく修学旅行に行きたかった。そこで、野球部員を集めて相談した。

みんなでワイワイと楽しんでたところで、急に部屋のふすまが開いた。補導の先生や。

補導の先生は、自分の部屋に帰るのかトイレにでも行くのか、とにかくほろ酔い気分で、廊下をふわふわと歩いている。

そこから出てきたのは、真っさらのキャッチャーミットとファーストミット、それにボールが4ケース。そこで俺は思い出した。久保は修学旅行に行くとは言わんかったことを。「おまえ、答案用紙、拾たんか?」どこにそんなもんが落ちてるねん!「カンニングしたんか!」やのうて、「拾たんか?」はないやろ(笑)。なんでこんな好成績をおさめられたかというと、運とカンや!あのときのように、見せびらかしたかった気持ちもあったんやけど、みんなから「よかったな!」と言われたかったんや。そうすることで、ほんまにかあちゃんがやって来るという喜びをかみしめたかったんやと思う。ちょっとウトウトしては、かあちゃんが来た夢を見て目が覚める。「なんや、夢やったんか」とがっかりして、またウトウト。「昭広、頑張れ~!」かあちゃんの声や!それも、今まで聞いたことのない大きな声やった。頭を上げて、家のほうを見ると、一生懸命叫びながら手を振っているかあちゃんが見えた。「二人で泣いてる場合か! もっとスピード上げて頑張れ!」先生は、そう言って俺にタオルを投げつけた。佐賀商業高校は、ばあちゃんちから歩いてすぐの高校。ここも野球の強豪校で、もし広陵に落ちたら、俺は佐賀商業に推薦入学することになっていた。ばあちゃん、なんでや?「佐賀商業は、よかと!」独り言のように、そう、つぶいた。けど、そう言いながらも、佐賀にいてほしいとか、広島に行くなとか、そういうことは一切言わんのよ。土手を歩きながら、幼い俺がばあちゃんに手を惹かれて土手を歩いている姿を想像した。俺たち野球部員は、逃げるように花道を通り抜け、校門を走り出た。みんな大声で笑っていた。俺も思いっきり笑った。そして、笑いながら、みんなで空を見上げて泣いた。「ばあちゃん、俺、行くよ」「はよう、行け」「今まで。8年間、ありがとう」「はよう、行けて……あぁ、もう水が……」背中越しにばあちゃんの顔を覗き込むと、ばあちゃんは泣いていた。ばあちゃん、俺がいなくなっても大丈夫やろか。 アラタちゃんに何かあったら、どうしよう。卒業式では、校長先生も式辞で俺や野球部のことを話してくれた。特急かもめがホームに着いた。これで、佐賀ともお別れや。そんな気持ちで、座席に座って、車窓に流れる佐賀の風景をぼんやりと見つめた。今でも、あの頃のかあちゃんと俺と同じ年格好の母親と子どもを見ると、俺は目頭が熱くなるねん。俺は喜び勇んで玄関の戸を開けた。ビックリした。だって、そこにピカピカの真っさらの自転車が置いてあったからや。小高い丘に登って、瀬戸の夕焼けを背景に音戸大橋を眺めた。オレンジ色から、紫色に空が変わっていく様は、今でも思い出せるくらいにきれいやった。翌朝は朝早く起きて、かあちゃんの家に戻った。かあちゃんはまだ寝ていた。「8年前、おまえの背中を押して汽車に乗せて…。ごめんね。でも、かあちゃん、ああするしかなかったんよ」