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伊野孝行のブログ

WEB対談について話そう

玄光社の「イラストレーションファイルweb」で南伸坊さんとの対談『イラストレーションについて話そう』がはじまりました。

伊野孝行×南伸坊「イラストレーションについて話そう」click!

11月1日に第1回ー①、2日に第1回ー②、昨日6日に第1回ー③が更新されています。ちょこちょこ小出しにするこのやり方を、「ほぼ日」方式というのだとか……。しばらくのお付き合いをお願いいたします。

というわけで、今日は『イラストレーションについて話そう』について話そう、と思います。
実はこの連載、玄光社のMさんに「イラストレーション史みたいなものを書いて欲しい」って、僕が頼まれて、当初は自分一人で書く予定だったんです。
でも、真面目なイラストレーション史みたいなのって、僕は書けないし、書くつもりもないし。「みたいなの」って言ってるから、Mさんも教科書みたいなのは望んでないとは思いました。
一般に美術史の中で語られる絵も、9割以上は、イラストレーションと言っても差し支えないですよね。
なんでかっていうと、イラストレーションが「絵の役割」「絵の機能」という意味を指し示す言葉にすぎないから。また、シュルレアリスムのような芸術運動だって、モロにイラストレーションに影響を与えているわけなので、自分の興味の及ぶところをあちこち飛びながら、漫談のような形で書こうと思ってたんです。
でも、困ったことに、1960年代の日本のイラストレーション(という言葉が使われだした)黎明期には、僕は生まれてすらいない。その後、ブワ〜ッ!って盛り上がる70年代80年代も、まだ子どもだった。その時代のことをよく知ってる方はまだ現役でピンピンしているので、迂闊なことは書けないなぁ……って。
それに現代史パートって、すべての当事者みなさんに好印象のまま書き終わるって、ほぼ不可能じゃないですか。あっちを取り上げて、こっちを取り上げないとか……だいたい、僕は「お前が言うな」って立場だし。また「生意気な」って言われちゃうだろうし。こまった、こまった、こまどり姉妹……。
伊野孝行画「小村雪岱shoots鈴木春信」
あ、そうだ、その辺の時代は、実際見てきた人との対談にしようと思って、とある酒席で南伸坊さんにそれとなく、「書くの気をつかってしまうし、難しいです」と言ったんです。「それじゃあ、二人で対談しよう」と案の定、向こうから言ってくれたので、助かりました。
で、家に帰って、その日の深夜「いや、そのパートだけ、対談してもらうんじゃなくて、全部対談でいいんじゃね?」と思ったのです。責任が半分になるしね。
というよりも、僕は南伸坊さんと絵の話をするのが、至福の時間だから、それが定期的にできるからいいなぁ、というのがまずあったし、あと、僕が、絵の話を書いたりするようになったきっかっけも伸坊さんだから。
南伸坊画「司馬江漢」
変な言い方だけど、すべての人は歴史的存在なのです。
自分が絵を描こう、イラストレーターになりたい、ってはじめた時は全然そんな意識なかったけど。
自分以前にはあんな人がいて、こんな人がいて、それぞれの時代の中で生きて描いて、問題意識をもってて、みんな悩んで大きくなってるわけだよなぁ……自分が絵を描いてるうちに、溜まってきた「疑問と謎」を彼らに問いかけた時、あ、僕は歴史とつながった、と思いました。つまり歴史的存在になったわけです。
対談の冒頭で伸坊さんが「イラストレーションの歴史みたいな話って、学者がやったら全然面白くないし、プロのイラストレーターがやってもマジメになっちゃってつまんないんだ(笑)。雑談の中で出て来る話が一番面白いんだよね。」
っていきなりぶちかましてますけど(笑)、さっき言ったように、絵を描く人なら、描いてるうちに当然「疑問と謎」が自分の中に残るはずなんですよ。
要は、そこから話をはじめよう、ということですよね。
描き手は、描き手である立場を手放してはいけないと思います。それじゃぁ研究者と同じになっちゃうもん。微に入り細に入り調べて、保存し発掘する……という仕事は研究者の人にお任せしたいと思います。小村雪岱だって、そういう学芸員の人がいてくれたから、まとめて見ることができるわけですしね。
というわけで、みなさま、どうかひとつよろしくお願いいたします〜。
追記
昨日ツイッターを見てたら、明治・大正・昭和の写真@polipofawysuというアカウントの方が、昭和8年11月の朝日新聞の夕刊をアップしていたのですが、そこにたまたま小村雪岱の挿絵が載っていました。対談の中でも出てくる邦枝完二の「おせん」ですね。
昔の新聞小説の挿絵は二段分あって、大きいというのは知ってたけど、それよりびっくりするのは、絵の多さですよね。ヒトラーまでも絵なんだ。で、4コマ漫画もある。挿絵の下の主婦之友の「漬物つけ方二百種」というレタリングがめちゃめちゃ強い。挿絵の上には太平洋海上火災の広告もあって、どっちも絵的な要素が多い。
つまりなにが言いたいかというと、この紙面で目立つのは大変だ、ということ。小村雪岱の絵はブラック&ホワイトで構図にも工夫があるから、さぞかし目立ったんだろうなと思ってたけど(この日の挿絵は、それほどキメキメの絵ではないが)そんなに甘いもんじゃないね。こんなところで毎日勝負してたんだ。
名前の大きさは作家と同じである。「画」を名前の下に付けてあるから字間が狭いけど。