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伊野孝行のブログ

お正月の和の行事

2017%e5%b9%b4%e8%b3%80%e7%8a%b6今さら(今日は一月十日)ですが、あけましておめでとうございます。

ところでお正月の門松はそもそも何のために飾るのでしょう?%e6%ad%a3%e6%9c%88%e9%a3%be%e3%82%8a%e4%bf%ae%e6%ad%a3
それは「年神様(としがみさま)」を家にお迎えするための目印なんですね。
……知ってましたか?私はいい年こいて知りませんでした。しめ縄やしめ飾りも、けがれや悪いものが入ってこないように区切るもので、年神様のための清らかな場所を作るためのものであります。
私の子ども時代は、玄関はもちろんのこと、便所や風呂場やすべての部屋にもしめ縄(そこに飾るしめ縄はとんぼと呼んでいた)を飾りましたし、さらには車にも自転車にも飾ったものです。
今年実家に帰った時はしめ縄は何一つ飾ってなかった気がします。
そんなわけで、日本人は行事をおろそかにしだしたところなのですが、春夏秋冬の和の行事のことが楽しくわかる『知っておきたい和の行事』監修/新谷尚紀(成美堂出版)が発売されております。お子様向けの本です。正月早々、商いの話ですんまへん。
一年を通した和の行事の絵を70点くらい(カット、一枚絵、マンガも含む)描いてタイヘンだったわけですが、一つ気づいたこがありました。和の行事は春夏秋冬均一には散らばっておりません。やはり年末年始の新しい年を迎える時期に行事が多いです。現在はバレンタインデー、母の日父の日、防災の日、ハロウィン……などなど色々あってそれなりに行事が散らばっている気がしますけどね。その分、相対的にお正月の地位が下がっております。%e3%81%8a%e6%ad%a3%e6%9c%88%e3%81%ae%e9%81%8a%e3%81%b3%e5%a4%96%e4%b8%83%e7%a6%8f%e7%a5%9e%e4%bf%ae%e6%ad%a3%e3%81%8a%e5%b9%b4%e7%8e%89%e3%83%9e%e3%83%b3%e3%82%ac%e4%bf%ae%e6%ad%a3
%e5%b7%a6%e7%be%a9%e9%95%b7今の我々はクリスマスが過ぎるまでは誰も来たるべきお正月に目を向けていません。さらに、クリスマスが終わってお正月が目の前に迫ってきても「ぜんぜん年の瀬って気がしないよねー」と、忘年会の酒席で言いかわすのが習わしとなってきており、事実、そんな気分ではないのです。
それもそのはず、日本の年の瀬を感じたいなら以下のことをしなくてはなりません……
十二月十三日には「すすはらい」をして一年の汚れを落とします。それでもって門松に使う松を山へ取りに行く「松むかえ」をするのです。そうそう「歳の市」で正月用品を揃えなければいけません。二十二日頃には「ゆず湯」に入り、こんにゃく、れんこん、なんきん、にんじん、みかん、などの「ん」のつくもの食べて栄養をつけておきましょう。そして二十五日〜二十八日の間には「もちつき」をします。正月飾りは二十九日に飾ってはいけません。なぜなら「苦(九)がつく日」だからです。かといって三十一日は「一夜飾り」と言って縁起が悪いので、三十日までに済ませましょう……。%e6%9f%9a%e5%ad%90%e6%b9%af
%e5%b9%b4%e8%b6%8a%e3%81%97%e8%95%8e%e9%ba%a6%e5%a4%a7%e6%99%a6%e6%97%a5私は時代物の絵などを描いて、和の心がわかっている日本人を気取っていますが、どれ一つやっていません。
雑然と散らかった部屋の障子は破れたまんま。しかも障子紙は七年くらい張り替えていません。畳の擦り切れた部分を歩くと、靴下の裏にい草の切れ端がくっつきます。仕方がないので、擦り切れた畳の部分には幅の広いセロハンテープを何列にも貼って事なきを得ています。賃貸でも、もう長い間住んでいるから、大家さんも畳くらい替えてくれるかもしれませんが、そのために部屋の家具や荷物を全部移動させる事は正直難しいです。
「どうせ仮の住まい、とりあえずこのままでいいや……」そう思って何年も過ぎています。たぶん家を購入するお金も予定もないので、一生仮の住まいだと思います。それでも私は今、まだ人生の途中で、将来はもう少しましな正月が迎えられるような気がしているのですが、ひょっとしてこんな感じで一生を終えるのではないだろうかという予感もしています。
それではみなさま、本年もよろしくお願い申し上げます。

CD「オトナの一休さん」

「オトナの一休さん」オリジナル・サウンドトラックがポニーキャニオンより発売されました。

〈大友良英×マレウレウ(アイヌ民謡を歌い継ぐ女性ユニット)のコラボレーションが生み出すふしぎ気持ちいい世界!板尾創路が歌う話題の破戒僧ソングも収録〉img_2310img_2311
大友良英さんは以前よりマレウレウと一緒に何かやりたいと思っておられたそうだが、なかなか実現にはいたらなかった。ところが、「オトナの一休さん」という珍妙なるアニメでコラボが実現してしまった。大友さん+マレウレウ+一休さん…この取り合わせを思いついた角野プロデューサーは相当ぶっとんでいる。私は最初「どう合うんだろう?」と思っていたのだけれど、実際アニメに音楽がついてみると、「もうこれ以外には考えられない」っていうくらいふしぎにハマっている。img_2313
いや、ハマっているという言葉はふさわしくないかもしれない。「あまりハマりすぎてしまわないように…」というのが、「オトナの一休さん」を作るスタッフで共有していたポリシーだった気がする。ありもしない縄で己を縛るという意味の、無縄自縛(むじょうじばく)という禅語がある。「無縄自縛にとらわれるな」というのが一休さんの教えであり、我々スタッフの合言葉だ。
何か新しいものを作ろうという時に、ハマりすぎる選択は、無難になってしまいがち。知らない間に無縄自縛をしてしまうのが人間である。そんな時は喝!CDを取り出すたびに喝!が現れる。img_2312
おまけにボツになった「オトナの一休さん」CDジャケット案のアナザーバージョンをお見せしよう。cd%e3%82%b8%e3%83%a3%e3%82%b1%e3%83%83%e3%83%88%ef%bc%92 cd%ef%bc%93cd4cd%ef%bc%91%ef%bc%90
そういえば「オトナの一休さん」明日28日放送の分(第十三則)でひとくぎり。
年末年始には再放送もあるみたいだから、是非、実家の家族や親戚にも教えてあげて、無縄自縛にとらわれないお正月をお過ごしください。それではみなさま、良いお年を!

「ぼく神」第10回第11回

「小説すばる」で連載中『ぼくの神保町物語 イラストレーターの自画像』先月分をアップするのを忘れてたので、今月分と合わせて第10回と第11回を。img_2285

第10回は2010年の1月にロンドン旅行に行った話「神保町物語なのにロンドン編」です。
この旅行はデザイナーの日下さんと、当時日下さんの事務所に勤めていた、現売れっ子イラストレーターの浅妻くんと、同じく現売れっ子デザイナー長田くんと、ぼくとの四人で行ったのですが、着いた翌日「ロンドンお好み焼き真っ黒焦げ事件」が勃発するのでした……これがまた語るも涙の物語でございまして。img_2288連載を読んだ日下さんが、「いやー、ロンドンでは本当にいやな思いをさせてすみませんでした。私はあの時、伊野くんの才能をひらかせたくて必死でした。真面目すぎるのですね」と6年越しに詫びを入れてくれたもんですよ。img_2286img_2287img_2289
あの時は「なんなんだ、このハゲ!」と憎々しく思っていたのですが、今では感謝しかありません(ホンマか!?)。それに今となっては、ハゲ!なんて言える立場じゃないしね。ぼくの頭が。逆にぼくのことを裏で「あのハゲ!」と言ってる人がいそうな気がします。
……って言うのは、前に友達の展示を見に行って、自分の思うところを伝えたら(もちろん年下とか後輩とか、言いやすい人に限る)「伊野さんウザい」みたいに思われちゃったから、反省しまして……。最近、余計なことは言わないほうがいい、嫌われたくないし、と思っているのです。
この回にも書いていますが、そりゃ自分を否定されるようなことを言われたら、悔しいし、うっるせーよ!って誰でも思います。
褒められてるだけでどんどん進歩していける、つまり客観的に自分が何をやっているかわかってる人間だったらいいけど、少なくとも、ぼくはそうではないのでしょう。だから自分には、怒る人も必要だったと思います。いや、別に怒らなくったていいんですけどね、冷静に意見を言ってくれれば。
でも冷静な人って、そんなに他人にお節介じゃないから、そもそもグイグイ関わってはくれない……やはり人それぞれ、言いたいことがあれば言えばいい、そう思う昨今です。ぼくは人気取りのために余計なことは言わないけどね。img_2290
第11回は、そういうことも含めて、「絵は一人では描けない」なんてタイトルにしましたが、あんまり自分の話に集中すると、神保町と関係ない話になっちゃいがちなんで、書くのが難しい。img_2280
この回は2010年の夏に開催した丹下京子さんとの二人展「鍵」の顛末が中心になっています。今までは1回で約2年分くらい話が進んだのですが、第10回第11回と次の第12回はすべて2010年の話です。ほぼ現代史。友達にとっては知り合いばかり出てくるから、ある種の面白みはあるかもしれないけど、まったくぼくを知らない読者様が読んでも、面白くなっていないといけない。img_2281img_2283
久しぶりに第1回を読み返してみたら、展開が少なく、エピソードが乏しく、長く感じた。会話も少ないし。自分の心の中を書くんじゃなくて、動きや会話で心の中を読ませないといけないなぁ、とまた一人反省会です。
しかし、やっと客観的に読めるようになったということでもある。書いて一週間後に読み返すくらいではなかなか客観的になれない。いや、客観的に読めるようになった理由は、置いた時間ではなくて、自分の今書いている文章が、第1回の頃と変わっているということなのかもしれない。
ともあれ、あと2回で終わります。それが終われば、また第1回からいじりなおさなければ……早く自分の物語から解放されたいです。

北斎/中野新橋

今売っている「芸術新潮」に描いた北斎の年譜パートの絵。横に長い絵なので、無理やり縦に載せます。北斎は若い頃に浮世絵の彫り師をやっていたとは知らなんだ。あと意外に遅咲きで、四十過ぎてから自分の絵の世界がひらけたようだ。もし若くして死んでいたら北斎は北斎でなかったのだ。北斎は引越し魔だったことは有名だが、人気絵師になってからもなぜかずっと貧乏暮し。なぜか?その謎は未だにわからないんだって。%e5%8c%97%e6%96%8e%e5%b9%b4%e8%ad%9c%e7%b5%b5%e5%b7%bb今回の特集で一番惹かれたのは読本挿絵の絵。「北斎漫画」は知ってるつもりのところがあったけど、見開きいっぱいところ狭しと動きまくる読本挿絵は僕にとって新しい絵だった。もっと見たいと思ったが、北斎読本挿絵集成〈第1巻〉 (1971年)というのを検索すると10万円以上するではないか!しかも5巻まであるらしい。北斎漫画はいっぱい本があるけど、読本挿絵を廉価版でいっぱい見たいなぁ。そういう本てあるのかなぁ?あったら欲しいなぁ。%e4%b8%ad%e9%87%8e%e6%96%b0%e6%a9%8bさて、こちらは、ちょっと前になるけど「散歩の達人」に描いた絵。

中野坂上、中野新橋、中野富士見町、方南町の4駅は地下鉄丸ノ内線の支線。こういう支線を盲腸線(幹線から枝分かれした短区間の行き止まり線)って言うんですってね。

僕はライターの和田静香さんと一緒に中野新橋を訪ねました。和田さんは相撲好き、僕も相撲好きということでコンビを組んだのですが、中野新橋にはそうあの「貴乃花部屋(つまり旧・藤島部屋、旧・二子山部屋)」があったんですねぇ。でも今は引っ越しちゃってないんです。ないのにその残り香を求めて訪れたのです。%e4%b8%ad%e9%87%8e%e6%96%b0%e6%a9%8b2

閉鎖された部屋の建物はそのまま残っていましたが、看板が剥がされた跡は未だ生々しい。あいにく天気も悪い。部屋の近所の人に話を聞こうとするも皆一様に口が重い。まぁ、今まで散々マスコミにうるさく聞かれて、皆さん文字通り閉口してしまったんでしょうな。こっちはただ古きよき日の思い出話が聞きたかっただけなんだけど、なかなかネタが拾えず、焦ります。

ところが「上州屋」って言う弁当屋のおばちゃんが気さくに語ってくれました。そしてすっぽん料理の「久松」の大将(現・商店街の理事長)もいい思い出話を聞かせてくれましたよ。これで土俵際まで追い詰められていた取材は、うっちゃりで一気に攻勢に。%e4%b8%ad%e9%87%8e%e6%96%b0%e6%a9%8b4%e4%b8%ad%e9%87%8e%e6%96%b0%e6%a9%8b3

「藤島部屋は当時まだ華やかだった中野新橋の花柳界、その中に建てられたんです。ずいぶん粋でしょう。親方はそれで忙しいようで(笑)見せてもらったスケジュール帳は真っ黒でした(後略)」と語るのは「久松」の大将。

部屋の力士が優勝すると、北海道からシャケ100本とか、2トントラックで賞品が次々に届くので、親方自ら大将のところに「おやじさん、頼むよ」ってお願いに来る。日頃迷惑をかけている近所の皆さんに配ってほしいと言うことね。そういう人情味のある話を聞けましたよ……って、まぁ、話を聞いたのは和田さんですけどね。僕は和田さんの付き人みたいなもんで……。

ぼうさまがくれたにわとり

童心社より紙芝居が発売されました。『ぼうさまがくれたにわとり』と言います。もともと民話として残っているお話をもとに、津田真一さんが脚本を担当されています。

以下このブログで書くあらすじは、セリフも含めて津田さんの脚本ではなく、私がこんな話だったよな、と思い出しながら書いていますので、ホンモノの脚本とは話の流れ以外はずいぶんと違います。ホンモノを読みたい方は是非、買ってみてください。ホンモノはお子様や、紙芝居を演じる幼稚園の先生方のために、練りに練って書いてありますので。%ef%bc%91%e5%a0%b4%e9%9d%a2%e4%bf%ae%e6%ad%a3あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。でもおばあさんは体の具合が悪く近頃は床に臥せっていることも多く……。箱根七里は馬でも越すが、越すに越されぬ年の暮れ、と昔の人はよう言うたもんです。「ばぁさん、わしゃこの炭を町に行って売ってくるからなぁ」とじいさんは出かけていました。ちょうど時期的に今頃の話ですなぁ。%ef%bc%92%e5%a0%b4%e9%9d%a2%e4%bf%ae%e6%ad%a3「炭はいらんかねー、炭はいらんかねー」とじいさんは必死になって売りましたが、ちっとも売れません。みんな冷たいのね。それとも炭はすでに買ってあるのでしょうか。そうだったら、この町の人は用意のいい人です。%ef%bc%93%e5%a0%b4%e9%9d%a2%e4%bf%ae%e6%ad%a3そんなじいさんに声をかけた一人のぼうさま。みればボロボロの着物で、そこらへんの落ち葉などを集めてたき火をしていますが、寒そうです。じいさんの持っている炭を全部くれというので、じいさんもホクホク顔。ヤッター!ヤッター!。%ef%bc%94%e5%a0%b4%e9%9d%a2%e4%bf%ae%e6%ad%a3ところが、金はないんだって言うんですよ、このぼうさん!ええ〜!%ef%bc%95%e5%a0%b4%e9%9d%a2%e4%bf%ae%e6%ad%a3「その代わりと言ってはなんだが……」と傍に落ちていた木片を拾って、小刀で何かを削り出しました。%ef%bc%96%e5%a0%b4%e9%9d%a2%e4%bf%ae%e6%ad%a3削り上げたのは、にわとりの木彫。ジャ〜ン!「これでどうかひとつ」「ワシにくださると……??」とじいさんは戸惑っています。だって、これじゃばあさんに何にも買って帰れないじゃないですか。今年の年の暮れは、マジで越せないかもしれません。

さぁ、これから話はどうなる!?絵的にはこの後の展開のシーンが気に入っているのですが、全部見せちゃうとアレだから……。

子どもっていうのは、紙芝居や絵本の気に入ったものを何度も「読んで!読んで!」とせがむヤツらなので続きの絵も見せたって大丈夫な気もするんだけれど、やっぱりそれは童心社の人に悪いので、この続きは紙芝居で!

%e3%83%a9%e3%83%99%e3%83%ab%e4%bf%ae%e6%ad%a3%ef%bc%99%e6%9c%88%ef%bc%92%ef%bc%90%e6%97%a5この絵は紙芝居のケースに貼ってあるラベルの絵です。来年は酉年ですよね。ぴったりのお話です!というわけでよろしくお願いいたします。

「ぼうさまがくれたにわとり」は童心社から発売中!

世界満腹食べ歩き14~18

小説現代で連載中、岡崎大五さん『世界満腹食べ歩き』。14回からはモノクロページに移動になった。岡崎さんの旅は素晴らしい。お世辞じゃなくて毎回面白い。イラストレーター冥利につきるというものだ。

しかし、この連載には私の鬼門の「地図」がある。

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この連載をアップする時はいつもボヤいているが、地図を描くのが苦手だ。「だいたいでいいじゃん、だいたいで」そうやって今まで生きてきたのだが、地図にはそれが通用しない。

読者の立場で言えば、いい加減で雑な地図が、雑誌に載っていると興ざめしてしまう。雑誌の記事は、読者の想像力をかきたてるイリュージョンだ。地図もその一端を担っている。だからちゃんとやらないといけないわけ……。

アメリカのニューヨークの位置がわかるようにするには、まわりはどの程度の広域で描けば良いか?グリーンウッド墓地がわかりやすく見えるようにするにはどういう工夫が必要か。入れる地名はどこを選択するか?州の名前は欧文にして目立たなくした方がいいかも。綴りは間違っていないか?

こんな簡単な地図でさえ、雑な私には大変だ。

デザイナーの日下さん、担当の編集さん、校正の方に、ここが違う、ここをもう少しこう、誤字脱字あり……とピンボールマシンの球のようにあっちからこっちから修正の指摘を受け、やっとの事で描き上がって、掲載されるのが上の誌面のサイズ……。%e3%82%a2%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%82%ab%e5%9c%b0%e5%9b%b3悔しいから今回から地図だけ別に載せる!でも、私は地図が苦手だけあって、残念ながらあまり楽しい感じに描けていない。%e3%83%a2%e3%83%ad%e3%83%83%e3%82%b3%ef%bc%91%e3%83%a2%e3%83%ad%e3%83%83%e3%82%b32%e3%83%a2%e3%83%ad%e3%83%83%e3%82%b3%e5%9c%b0%e5%9b%b3このモロッコと次のマレーシアは地図が簡単で助かった。岡崎さんの原稿が送られてきて、「あー面白かった」という感想の後に来るのは、地図が大変かどうか。簡単だとほっとする。%e3%83%9e%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%82%b7%e3%82%a2%ef%bc%91%e3%83%9e%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%82%b7%e3%82%a2%ef%bc%92%e3%83%9e%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%82%b7%e3%82%a2%e5%9c%b0%e5%9b%b31960年代半ばに「イラストレーション」という言葉が日本で使われだし、すぐに「イラスト」と略されて使われるようになった。単に長ったらしいから略されただけなのかもしれないが、最初に略して使い出したのはどこだろう?一説によると「イラストマップ」がきっかけとか?いや、よく分からないが誰かがそう言っていた。

確かに「イラストレーションマップ」だと長すぎるし、絵のたくさん入った賑やかな地図は「イラストマップ」と軽く呼ぶ方が合っている気がする。今も雑誌ではイラストマップは目にするが、とても楽しいものだ。『世界満腹食べ歩き』で僕が描いているのは単なる地図で、「イラストマップ」と呼べるものではない。%e3%82%b0%e3%82%a2%e3%83%86%e3%83%9e%e3%83%a9%ef%bc%91%e3%82%b0%e3%82%a2%e3%83%86%e3%83%9e%e3%83%a92 %e3%82%b0%e3%82%a2%e3%83%86%e3%83%9e%e3%83%a9%e5%9c%b0%e5%9b%b3その国の雰囲気は扉絵や料理の絵でも出すようにしているけど、それだけじゃ読者の方は脳内トリップできない。やっぱり地図がないと。グアテマラと聞いて、すぐに場所がわかる人はそう多くはない。こういう場合は広域図も広くとらないといけない。

別にきちんと地図を見てもらわなくても、パッと見て、「あ、あのへんの国の話なんだ」「字が読めないくらいに小さいけど、ちゃんとした地図っぽいね」と思ってもらえればそれでいい。いや、一字一句文字校正までしてやってるんだけど〜。それが我々の仕事だから〜。%e3%82%a4%e3%82%ae%e3%83%aa%e3%82%b9%ef%bc%91%e3%82%a4%e3%82%ae%e3%83%aa%e3%82%b92%e3%83%ad%e3%83%b3%e3%83%89%e3%83%b3%e5%9c%b0%e5%9b%b3正確に描くことが地図の本当の難しさではない。地図の本当の難しいところは省略することだ、と前にも私は書いた覚えがあるが、このロンドンの地図ほど身にしみたことはない。

道路と鉄道と地下鉄が地獄。道だって本当はもっとたくさん通っているが、省略しないことにはゴチャゴチャになってしまう。でも都市らしさは欲しい。さすがのグーグルマップも省略はしてくれない。自分の知っている街だったら省略作業も見当がつきやすいが、ロンドンは6年前にちょっと行っただけ。よくわからん。

「この道はいらん」「ここはなくてもいいか。いや、この通りは、鉄道と交差しているから重要かも」私は血管をつまんで考え込む執刀医のようだ。そうやってなんとか省略手術を終えたつもりで、ラフを作って見せると

「地下鉄が良くないですね。ウォールター駅は鉄道、ウォールターではなくウォータールーです。チャリングクロスも鉄道。ヴィクトリア駅(ビクトリアでない)も鉄道。右横のシティ・テムズリンク駅らしきところも鉄道。リヴァプール(リバプールではない)・ストリート駅の駅名が該当のところと離れ過ぎここの駅には地下鉄は乗り入れていない」「大英博物館がここなのはおかしい」「ロンドン塔を、中にある建物のひとつであるホワイトタワーだけにするのは変かもしれない」「B&Bがそれらしく見えるようにアイコンを工夫して」とデザイナーの日下さんから細かくチェックが入る。日下さんは地図が大好き。いや〜ほんと、チェックする方もする方、ようやる!いや、お世話かけております。

で、たっぷり一日仕事になったロンドン地図であるが、掲載サイズはほぼ名刺くらいなんだよなぁ。でっかいサイズで地図描きたいなぁ。いや、描きたくない、描きたくない。

住居兼喫茶店2軒

ウチの最寄の下高井戸駅の近くに「ぽえむ」という喫茶店があり、しょっちゅう利用しています。かつては植草甚一さんもよく訪れていたとか。

で、ウチの家の近くにもう一つ「ギャルリ・ド・ぽえむ」という喫茶店があります。「ギャルリ・ド・ぽえむ」は全国にある「ぽえむ」チェーンのオーナーの住居兼店舗らしいのです。そして名前からするとギャラリーにもなっているみたい。
しかし「ギャルリ・ド・ぽえむ」は住宅街の中の一軒家でした。看板こそ出ていますが、入るにはなかなか勇気がいります。なにしろこの町に住んで八年、私は毎日「ギャルリ・ド・ぽえむ」の前を素通りしていたのです。
はじめて行ったのは去年の夏でした。ちょうど「ぽえむ」で童心社のNさんと打ち合わせをした日のことです。Nさんは「私、ギャルリ・ド・ぽえむで知り合いの作家さんが展示をやっているので、そっちも見てから帰ります」というので、「この機会を逃したら、永遠に行かないかもしれない……」と思った私は、連れて行ってもらうことにしました。ついに入店する日が来たのです!
……で、実際行ったら、とてもいい感じのお店だったんですが(特にオチはなし)、その日たまたま、くもん出版のHさんという、とても品のいいおじさまがいらっしゃいました。しかもHさんは下高井戸在住の方でした。HさんとNさんはお知り合いということで、私もついでにご紹介していただきました。
その後、折に触れ「くもん出版から仕事よ来い〜来い〜」と念じておりましたところ、今年の春頃、運良くHさんから仕事がきました。ラッキー!
今日はその本の紹介です。鳴海風さんの「円周率の謎を追う 江戸の天才数学者・関孝和の挑戦」という本です。ブックデザインは中島かほるさん。img_2209img_2210img_2213%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%91%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%92%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%93%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%94%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%95%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%96%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%97%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%98%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%99%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%91%ef%bc%90%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%91%ef%bc%91%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%91%ef%bc%92%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%91%ef%bc%93%e6%8c%bf%e7%b5%b5%ef%bc%91%ef%bc%94「ギャルリ・ド・ぽえむ」の脇に細い道があります。暗渠で、ちゃんとした通りというよりは、いわば抜け道です。ものの数十歩も歩くと、「fischiff KÜCHE」と書かれた木の看板が立っています。
実はここも住居兼喫茶店(2階を見上げるとしばしばベランダに洗濯物が干してあります)なのでした。下高井戸の入りにくいお店その2です。店の名前はドイツ語の造語らしく、読み方がわかりません。店主に尋ねると「フィシッフ キュッヒェ」と発音するらしいです。覚えにくい……。この時点で入店へのハードルが高くなっています。
「いや〜暇ですよ、今日のお客は伊野さんがはじめて」とか「開店当初(今年の1月にオープンした)は友達も予約を入れてくれたけど、最近減ってるし」とか、ハードルを上げておきながら、ぼやいている店主は、かつて新潮社装幀室にいたデザイナーの二宮大輔さんであります。彼はフリーになってから仁木順平という名前でやっています。ややこしなぁ〜。
お店の名前も読めない上に、お店のホームページの地図が、初めて訪れる人には大変わかりにくく、だいたいそのホームページがドイツ語で(日本語は必要最低限しかない)さらにわかりにくいのです。ますますややこしいなぁ〜。index
「なんで仁木順平っていう名前にしたの?」と聞くと
「安部公房の『砂の女』の主人公の名前なんです。その男は行方不明になってしまうのです」と仁木順平は答えました。
つまり、この男はワザとわかりにくくして楽しんでいるフシがあるのです。そんな下高井戸ミステリーを味わいたい方は、勇気を出して行ってみてください。ホームページで営業日を確かめてからね(営業日を確かめるだけでも、まずドイツ語、その下に英語で書いてあって、見てるとだんだんムカついてくるんですけど〜)。
ドイツワッフルとスパゲティがおすすめです。お酒も安く飲めます。何人かで予約するとコース料理も出してくれます。
あ、そうだ。お店に行ったら「fischiff 」の名前の由来を店主に聞いてみてくださいね。結構いい話が聞けますよ。

巫女蕎麦古寺雲水大統領

まずは、似たようなタッチの仕事を二つ。一つ目は双葉文庫、早見俊さんの「千代ノ介御免蒙る 巫女の蕎麦」番付侍シリーズの3冊目。デザインは長田年伸さん。img_2183%e5%b7%ab%e5%a5%b3%e3%81%ae%e8%95%8e%e9%ba%a6%e3%82%ab%e3%83%90%e3%83%bc二つ目は角川文庫、井沢元彦さん「はじめての古寺歩き」。デザインは須田杏菜さん。img_2185最近、アニメ「オトナの一休さん」の絵を描いているから、前から気になっていた禅に興味が向いている。

日本美術を見ていると、例えば、若冲、蕭白、蕪村らの時代の絵も、禅の影響があるとか、禅の高僧の誰々と友達だったとか、色々ある。当時、禅はどんな存在だった?カルチャーか?あれ、蕪村って浄土宗の僧侶だったよな、とかおぼろげな自分の知識が余計にややこしくする。

この「はじめての古寺歩き」の中にも禅のお寺への影響が書いてある。

〈そもそも禅というのは、中国で起こり、日本に伝わったものなのですが、中国では禅のよき伝統が残りませんでした。韓国でも残りませんでした。いちばんよく残ったのが日本なのです。〉

〈禅宗では座禅という修行をすることが大切であって、仏像を熱心に拝むということは考えにはありません。(中略)そうしますと、仏像はそんなに重要ではないが、建築は逆に重要になってくるわけです。建築はあくまで修行の器としてですが、大切なものになってきます。〉

〈禅宗の世界観では、天地というものが一つの象徴であり、その天地の原理を知ることを重要視しました。そのため、それを身につけるために、さまざまな庭園が造られるようになりました。

いちばん有名なのが龍安寺の石庭です。〉

なるほど、枯山水ってそのために作られたのね。そういうのも昔どこかで読んだかもしれないが、その時は疑問にも何にも思っていなかったので、頭の中を素通りだった。今はいちいち疑問に思うので、ジグソーパズルのピースが埋まるような感覚です。 img_2186佐藤義英  画・文「雲水日記」。禅文化研究所発行。佐藤さんは大正10年生まれで、京都東福寺で修行した後、三重県上野市の法泉寺に住職し、病を得て昭和42年、47歳で世を去った、と略歴にある。

この本は「オトナの一休さん」の藤原ディレクターにいただいた。白隠や一休の研究で知られる芳澤勝弘先生が「オトナの一休さん」の絵を見て「この人は、雲水日記を見てるはずだ」とおっしゃったそうで、それで探して私にくれたのだった。img_2189img_2190 img_2192 img_2194 img_2193  img_2196自分の修行体験をもとに描かれた雲水の日常。これはほんの一部である。禅の修行をしながら、どこで絵の修行をしたのだろう。うまい!もちろん私はこの本は見たことがなかったが、花輪和一さんの「刑務所の中」ではないが、体験していないと描けない絵だ。

ところで、岩波文庫、中村元訳「ブッダのことば」を拾い読みしていたら、こんな一節があった。

〈笑い、だじゃれ、悲泣、嫌悪、いつわり、詐欺、貪欲、高慢、激昂、粗暴なことば、汚濁、耽溺をすてて、驕りを除去し、しっかりとした態度で行え。〉

なんとブッダはだじゃれを戒めておられた!しつこいだじゃれを言うおじさんには、このブッダのことばを教えてあげよう。

ちなみにこの「ブッダのことば」は数多い仏教書の中で最も古い聖典と言われる「スッタニパータ」を訳したものだ。

%e3%83%88%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%97%ef%bc%91 %e3%83%88%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%97%ef%bc%92 %e3%83%88%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%97%ef%bc%93だじゃれの好きな業の深いブックデザイナー、日下潤一さんに「ブログでトランプのことを書きたいから、トランプの絵を描いて」と頼まれたので描いた絵。「日曜までに欲しい」と頼まれた。こういうのは鮮度が命。あんまり似てなくてもいいや、サッと描いてサッと出そう。

ところが、日下さん、忙しいとか言ってブログを更新しない。なのでこっちで絵だけお先に。

一休さんの頂相とキャラ

「頂相(ちんそう)」とは禅僧の肖像画のことだ、というのを知ったのは実は最近。そう「オトナの一休さん」の絵を頼まれてから。一休宗純の頂相は22点も現存し、これほど多く描かれた禅僧は珍しいようだ。%e4%b8%80%e4%bc%91%e8%82%96%e5%83%8f%ef%bc%91%e4%b8%80%e4%bc%91%e8%82%96%e5%83%8f%ef%bc%92

左上の木彫は、一休の晩年に作られたもので、頭とあごに空いた穴には、一休の毛髪が実際に植え付けられていたみたい。ほかの3点も、飄逸で皮肉な一休の人柄が出ていて、これらの表情をアニメのキャラの参考にした。でも、この3点は角度が全く同じなので、どれかを元に写したのかもしれない。

一休の頂相の中には「え?これが一休さん?」と思うような顔もあるが、そんな顔をしていたとは信じたくない。%e4%b8%80%e4%bc%91%e9%a0%82%e7%9b%b8坂口尚さんの『あっかんべェ一休』(一休宗純の生涯と時代を重層的に描いた優れた漫画)の一休さんの顔は主人公補正されて、かなりカッコイイ。そしてライバルの兄弟子、養叟宗頥(ようそう・そうい)の人相がめっちゃ悪い。物語を作っていく上で一休の対抗軸として欠かせない人物が養叟なわけだが、今に至る「大徳寺」の発展は養叟なくしてはありえない、というお方でもあるらしい。%e3%83%a8%e3%82%a6%e3%82%bd%e3%82%a6%e8%82%96%e5%83%8fこれが養叟宗頥の頂相だ。そしてアニメのキャラにするとこうなった。%e3%83%a8%e3%82%a6%e3%82%bd%e3%82%a6%e9%a0%82%e7%9b%b8

「オトナの一休さん」でも養叟は毎度やり込められているのだが、制作スタッフの間では時々「養叟萌え」の声を聞く。もちろん、ふじきみつ彦さんの脚本と、養叟の声を担当されている尾美としのりさんの演技が加わってのことだが。
視聴者の皆様にも是非「養叟萌え」していただきたく日々制作に励んでおります。
そして「一休さん」と言えば蜷川新右衛門さん。本当は一休さんより年下だった。蜷川新右衛門の肖像画はないので、アゴが割れていたかどうかは定かではない。でも青っぽい着物とくっきりとした眉は往年のアニメの蜷川新右衛門さんぽくしておきました。%e6%96%b0%e5%8f%b3%e8%a1%9b%e9%96%80%e3%81%95%e3%82%93%e8%82%96%e5%83%8f
%ef%bc%99%e5%89%87%e3%83%bc%ef%bc%91%ef%bc%97この3人は一休の弟子たち。頭が青剃りでカワイイ。%ef%bc%95%e5%89%87%e3%83%bc%ef%bc%91%ef%bc%92こちらは養叟の弟子たち。頭がツルツルで、あんまりカワイクない。私の勝手な味付けです。%e5%9c%b0%e7%8d%84%e5%a4%aa%e5%a4%ab%e8%82%96%e5%83%8f地獄太夫。地獄太夫は一休の彼女の設定。声を担当している大堀恵さんにちょっと似てますかね?
%e8%87%a8%e6%b8%88私も頂相を描いてみました(僧侶でもない私が描いたものはただの似顔絵かな?)。臨済宗の開祖、臨済義玄がトイレットペーパーを持っている肖像。一休さんのセリフにこうある。「我々臨済宗の祖、臨済はこう言った、人がありがたがる経などトイレットペーパーと同じだと。そして臨済は、自らの経で何のためらいもなくケツを拭いた」
この絵は、曾我蛇足が描いたと伝えられている頂相を元にしている。ちなみに曾我蛇足は室町時代の絵師で(江戸時代には曾我蕭白が「ワシは曾我蛇足十世だ!」と勝手に言い出した)一休さんのお弟子でもあり、一休は曾我蛇足の絵の弟子だったと言われている。
%ef%bc%95%e5%89%87%e3%83%bc%ef%bc%91%ef%bc%94 大燈国師の肖像。一休さんのセリフに「大燈国師は権力や高貴な暮らしから離れ、五条大橋の下の河原で暮らす貧しい者たちに交じり、人間地獄の暮らしをしていたのだ…。しかも、二十年」とある。この絵は白隠が描いた大燈国師の絵の写しです。
そんなわけで、毎週水曜夜10時45分から絶賛放映中!
(11月13日午前1時40分から、四、五、六則の3話を連続で放送するみたいです)
一休さんも600年後に、まさか自分がこんなアニメになっているとは思わないでしょうね。

妖怪はしわたし

10月22日(土)
今年も妖怪になる日がやってきた。
午後三時に日本橋、山本海苔店に集合。今年もご好意で変身用の部屋を貸してもらえる。普段からしょっちゅう会っている友達もいれば、「一年ぶりのご無沙汰ですね」と、妖怪になる、その一点だけで繋がっている人間関係もある。もはや”妖怪関係”と言い換えてもいいかもしれない。
女子更衣室から「わ〜っ!」「すご〜い!」「可愛い〜!」とテンションの高い声が男子更衣室に漏れ聞こえてくる。
男子更衣室でもお披露目の盛り上がりはあったが、なにせ男子は三名、うちおじいさんが二名ということもあって、ご覧のように縁側的雰囲気になっていた。%e7%b8%81%e5%81%b4ま、それはいいとして、せーので、変身!!%e9%9b%86%e5%90%88%e5%86%99%e7%9c%9f%e3%81%a0%e3%82%88撮影:神藏美子さん(そうなのです、豪華なことにこの日撮影してくれたのは、あの神藏美子さんなのでした。以下日本橋界隈のカッコイイ写真の多くは神藏さん撮影。我々の撮った写真、見に来てくれたお友達の写真もちょこっと混じっています。※この記事の最後に、神藏さんが撮ってくれた動画もありますのでリアルな我々の様子もご覧ください。とっても物静かなんですよ、ボクたちって。)
変身したところでぶらりと日本橋を散歩。普段の地味な人生が一変!一躍街の人気者になって実にいい気分。%e7%88%aa%e3%81%8b%e3%82%86%e3%81%84%ef%bc%92「ちょっとまって、その前にわたし爪が痒くなってきちゃった。この棒で研ごうかしら」と妖怪猫おんな。%e3%81%84%e3%81%96%e6%97%a5%e6%9c%ac%e6%a9%8b1「ツルツルしてて爪がひっかからなかったから、やめちゃった。さ、みんな行きましょう」%e3%81%84%e3%81%96%e6%97%a5%e6%9c%ac%e6%a9%8b%e3%81%ae3妖怪夜泣きじじいと釜おんな。夜泣きじじいは夜泣き支那そばの付喪神である。手に持っている笛でチャルメラの音を鳴らし、日本橋の街を哀愁で包むのが得意技だ。

%e3%81%8b%e3%81%a3%e3%81%93%e3%81%84%e3%81%84%e8%a1%971%e6%a8%aa%e9%a1%941「ねぇ、夜泣きのジイさん、アタシ見てのとおりの砂かけババァだけど、去年も口裂け女で顔出ししてたのよ」%e4%bf%a1%e5%8f%b7%e5%be%85%e3%81%a11 信号待ちの妖怪たち。%e3%81%84%e3%81%84%e3%81%93%e3%81%a8%e3%81%82%e3%82%8b%e3%81%ad「あら〜、きっと何かいいことあるわね〜」と記念写真を撮る食品関係の仕事に従事する女性。%e7%88%aa%e3%81%8b%e3%82%86%e3%81%84「ね〜!!ここ、爪磨ぐのにちょうどいいわ〜!化け猫犬之坊さんもいらっしゃいよ〜」%e3%81%84%e3%81%96%e8%a1%97%e3%81%b8「ワシも爪研ぎたい思てたとこですね〜ん!」%e4%b8%89%e8%b6%8a「あいつら派手で目立ってるよなぁ……」と三越のショーウィンドウに腰を下ろす、地味目の妖怪たち。%e7%99%ba%e8%b5%b7%e4%ba%ba%ef%bc%8f%e7%a5%9e「ねぇ、あたしたちこれから船に乗せられてどこかに連れて行かれるんだってね」「深川に行くんだってね。向こうじゃ子どもの河童たちが待ってるって話だけど」「あ〜それで今日のイベントは『妖怪はしわたし』っていうのね」「なんか説明的な会話だね」%e3%82%a6%e3%83%8a%e3%82%ae%e3%82%a4%e3%83%8c「ウナギイヌだ!ウナギイヌだ!」と呼ばれていたがウナギイヌではありません。でも彼女は「ウナギイヌだ!ウナギイヌだ!」と返すでしょう。なぜなら彼女は妖怪「山びこ」だからです。%e8%88%b9%ef%bc%8f%e7%a5%9eかくして妖怪軍団は渡し舟に乗り込んだ。ここで神藏さんとはお別れ。写真どうもありがとうございました。%e5%ba%a7%e3%82%8b%e8%a8%ad%e8%a8%88座る設計になっていないいったんもめん。%e8%88%b9%e5%87%ba%ef%bc%91%e8%88%b9%e5%87%ba%ef%bc%92

大勢の取材陣にフラッシュをたかれいざ船へ。見物人が橋から落ちそうなくらいいた。涙のお別れ、拍手の見送り、のはずが、船はぐるっと元いた場所に旋回。船頭さんがはりきって合計三回も行ったり来たり。三回目には橋の上はかなり寂しい状態になっていた。我々の気分も落ちぶれた芸能人のよう。%e3%83%9c%e3%82%b9%e3%82%ad%e3%83%a3%e3%83%a9ボスキャラ感のあるナメクジの妖怪、なめたろう。
この日、日本橋、深川界隈に出没した妖怪には「プロ妖怪」と「遊び妖怪」の二種類がいる(プロ妖怪たちは一番最後の動画のリンクに映っているよ)。
遊び好きの妖怪とは我々のことで、仕事を一切しない。「お化けにゃ学校も試験も何にもない」のだから、当然仕事もやらないのである。
しかしプロ妖怪達には、イベントの告知や、子どもたちの先導、盛り上げ……などなど様々な仕事がある。

プロ妖怪の中の「河童」と「油すまし」が船上で、ちょうど私の後ろの席にいたのだが、体に直接ペイントをしている(つまり裸が露出している)河童が「めっちゃ寒い……」と凍えていた。それに対して油すましが「俺はまだ蓑があるからマシなんだよね」と言っていたのを耳に挟んだ。おつかれさまです!妖怪も仕事となると大変だ。%e3%82%af%e3%83%ab%e3%83%bc%e3%82%ba隅田川クルーズを楽しんだ後(これが結構良かった。特に高速道路が頭上からなくなると、一気に情緒が漂い始める。そして深川の船着場へ。そこには総勢二十名の子ども河童と無数の見物人が待っていた。落ちぶれた芸能人気分から一気に世界のスーパースター気分へ!%e3%81%8a%e5%87%ba%e8%bf%8e%e3%81%88%ef%bc%92%e3%81%8a%e5%87%ba%e8%bf%8e%e3%81%88

ここから深川江戸資料館までまで四十五分ほど歩く。町はもうお祭り騒ぎさ!って実際これはお祭りの前夜際のイベントでもあった。この日は妖怪の姿で九千歩くらい歩いただろうか。
ここで妖怪からのパレード中のレポートをどうぞ。
〈夜泣きじじい(伸坊さん)が子ども河童に「眼鏡貸して」って言われれ渡したらそのまま持ってっちゃって、あわてて追いかけて取り戻しに行ってました。by釜おんな〉
〈子ども河童に「テングはどこに住んでるんですか?」と聞かれたので、「練馬区」と答えたら「え、練馬区…」とつぶやいてた。by天狗〉
〈子ども河童に「いったんもめんは普段どんなことをしているのか?」って聞かれた。byいったんもめん〉
〈尻尾のひらひらを踏まれて破壊され、ずるずる引きずって歩いてた。byいったんもめん〉
〈いったんもめんの尻尾をこっそり踏んづけてしまっていた。byからかさお化け〉
〈子ども河童「つくも神ってどんな神様なんですか」から傘「ナベとか釜とかいろいろ道具がね‥」子ども河童「ほかにもいるんですか」から傘「えーとね」子ども河童「つくもってどういう意味ですか」と詰め寄られた。byからかさお化け〉
〈やたら妖怪好きのナゾの女性(四十代くらい)に「からかさオバケ大好きなんです、触ってもいいですか」「キャー可愛い~」とからまれてリアクション出来なかった。byからかさお化け〉
〈子ども河童に提灯を貸したら持って行かれそうになったので「返せ」と言って慌てて取り返した。byからかさお化け〉
〈取材の人とかあんなに沢山来て撮影していたはずなのに全然記事とか見つけられなかった。byからかさお化け〉
〈子ども河童に「杖を貸して」とせがまれ、何をするのかと思って見ていると、自分の持っているでんでん太鼓を杖に合体させようとしていた。by琵琶ぼくぼく〉
〈ハロウィンゾンビや吸血鬼より、百鬼夜行はやっぱり日本人体型には合う。たまたま描いてた絵本の話がゆるキャラの被り物のお話でまさか実体験できるとは。(モモリン11月中旬発売!)←チャッカリ。by化け猫犬之坊〉
結局プロ妖怪でない我々も、深川江戸資料館の控え室に着いた時はさすがに一仕事した気分であった。「あ〜疲れた!」「あ〜蒸し風呂!」「あ〜足痛い!」と妖怪を投げ捨てるように一気に人間に戻ってしまった。何せ上が七十の爺さんから下は四十のおばさんだ。「自分なのに見てる人には自分じゃない体験」「報道陣にフラッシュ焚かれてキャーキャー言われるスター体験」「視界も狭く不自由極まりない体験」ひっくるめて「クセになりそう」とみんな言っている。来年もやるのでしょうか……。

%e3%81%8a%e7%96%b2%e3%82%8c%ef%bc%91
%e8%88%88%e5%a5%aeいまだ興奮冷めやらぬご様子。
今年の妖怪
ぬめぬめ妖怪なめたろう(足立さん)/化け猫犬之坊(いぬんこさん)/琵琶ぼくぼく(伊野)/天狗(海谷さん)/いったんもめん(霜田さん)/からかさお化け(丹下さん)/砂かけばばあ (戸塚さん)/山びこ(二宮さん)/妖怪お化けガエル(花尻さん)/妖怪釜おんな(古谷さん)/妖怪夜泣きじじい(南伸坊さん)/妖怪猫おんな(南文子さん)以上、あいうえお順。

 

↑神藏美子さん撮影編集の「妖怪はしわたし」の動画。

最近の挿絵 2016・秋

バイトをしていた時は、新聞はお店(喫茶店)で何紙も読めたので、家では取っていなかった。バイトを辞めてしばらくして、また読んでみる気になり、 M新聞の販売店に電話をした。集金に来た男性にいまいち好感が持てなかった。この人に毎月会うのは嫌だなと思い、講読料は引き落としにしてもらった。契約の更新も自動的になされる。契約更新時に人が来ないので、更新の手土産もない。私は販売所にとっていいカモであった。

二年くらい経って、小さい庭の掃除をしていたら、A新聞社の営業マン(勧誘員風ではなかった)が通りかかり、「ウチに変えてくれたら、1万円分くらいのサービスをしますよ」と声をかけてきた。お米もあります。ミネラルウォーターもつけます。チケットもいかがですか?契約解除の連絡は私が責任をもってします。ということなので、そっちに乗り換えてしまった。

集金の人が好感の持てない人だったら嫌だなと思い、また引き落としにしようと思ったが、挨拶に来た配達の人がとても好感度の高い人で「私は集金もしています」というので、引き落としをやめて、集金にしてもらった。おかげで更新時にはわずかな手土産をもらうことができた。

そんなことがあって、また二年が経ち、先週の話であるが、以前に袖にしたM新聞社の販売店から「今週から一週間、お試しでポストに入れますので、読んでいただけませんか」と電話がかかってきた。今、我が家のポストには二紙届けられる。M新聞の販売所が1万円分くらいのサービスをつけてくれたら、すぐさま乗り換える腹づもりだ。

……そんな話はどうでもいいのだが、新聞小説の載っているページを開くたびに「いったい私に新聞小説の挿絵の依頼がくるのはいつのことだろうか?」と思うのである。

……いや、挿絵の仕事自体、最近は少ないのだが、わずか一本の小説挿絵の連載と、単発の仕事を今週はアップして、終わりにします。さようなら。%e3%81%97%e3%82%87%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%82%8c%ef%bc%91%e3%81%97%e3%82%87%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%82%8c2

小学館の「STORYBOX」で連載中の谷津矢車さんの『しょったれ半蔵』。それにしても、イラストレーターのクレジットがチョイト小さすぎやしないだろうか。いや、それが今のイラストレーターの立場を示しているとも言える。頑張らなければ。%e3%83%9e%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%81%95%e3%82%93%ef%bc%91%e3%83%9e%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%81%95%e3%82%932

「オール讀物」で読み切りの平岡陽明さんの『マリーさんの101日』

 

yes! no! good!

今売りの「日経おとなのOFF」で高須クリニックの高須克弥院長が教える「若返りとはコンプレックスをなくすこと」というページに絵を描いています。「日経おとなのOFF」はちょくちょく仕事をくれるいい雑誌です。わりと最近細かいカットの注文が多かったのですが(贅沢言ってすみません!わたくしは仕事をいただけるだけでありがたいことだと肝に銘じております!)久々に大きいサイズのものを頼まれたので、はりきって描きました。YES!no%e9%ab%98%e9%a0%88yes%e9%ab%98%e9%a0%88高須院長って今、71歳なんですね。いろいろとスゴイです。

ところで、グッドデザイン賞ってありますよね?

Eテレで放送された「昔話法廷」という番組が、グッドデザイン賞を受賞したそうです。番組も対象になるんだ?私はイラストレーションでお手伝いしていたのですが、受賞チームに名前を入れてもらっていたので、私もグッドデザイン賞を受賞したってことになります。

グッドデザイン賞「昔話法廷〜『三匹のこぶた』裁判〜」

以上、自慢コーナーおわり。

10月のオトナの一休さん

6月にEテレで3話だけ放送された『オトナの一休さん』がレギュラーになって帰ってくる!

毎週水曜日の午後10時45分から放送です(10月5日スタート)。5分間番組なので、なかなか気合を入れないと見逃してしまいますので、ぜひ毎週録画の予約を入れておいてください。
世に広まっている一休さん像とは、すなわちとんち小僧。有名なアニメにより日本だけでなく海外でも人気があるとか。
ところが史実の一休さんはポクチンはしません。ではどんな人だったかって?それを再びアニメ化して伝えるのが『オトナの一休さん』なわけです。%e4%b8%80%e4%bc%91%e7%94%bb%e5%83%8f1
いや〜、本当にスゴイっすよ史実の一休さんは。アニメとして脚色している部分は当然ありますけど、基としている文献に書かれていることがすでに滅茶苦茶なんですから。
私は脚本を読んで、ディレクターとアニメーターと相談しながら絵にしているわけですが、あまりに面白い人なので自然に一休研究をしたくなってきます。本当にこんな人がいたんだな〜と、感に打たれます。勉強するなら今でしょ、なんですけど、何しろ私一人でアニメの絵を全部描かなくちゃいけないんで、なかなか時間が取れません。%ef%bc%91%e5%89%87%e2%88%92%ef%bc%92%ef%bc%96
そんな私が、だいたい想像するにですね……禅がロックだとすると一休宗純はパンクかな?ロックンロールの本質を思い出せ!っていうのがパンク、だと私は理解しているのですが、『オトナの一休さん』を見ると一休さんが伝えたかった禅の本来の姿が解る?いや、それすらも飛び抜けて自由?……描いている私にも未だハッキリとは掴めません。
無縄自縛(むじょうじばく)という言葉が『オトナの一休さん』には時々出てきますが、「ありもしない縄で己を縛るな」というのが一休さんのメッセージです。
◯10月5日第一則「クソとお経」
弟子たちが読経をしているところに現れた一休さん。持ってきたのは、まだ湯気が立っているクソ。その下にはなんとお経が!%ef%bc%91%e5%89%87%e2%88%92%ef%bc%96%ef%bc%91%e5%89%87%e2%88%92%ef%bc%92%ef%bc%92
◯10月12日第二則「すずめの葬式」
涙を流しながら読経する一休さん。誰の葬式かと新右衛門がいぶかると、なんとかわいがっていたすずめの葬式だった!%ef%bc%92%e5%89%87-%e2%88%92%ef%bc%92%ef%bc%92%e5%89%87-%e2%88%92%ef%bc%91%ef%bc%92
◯10月19日第三則「思春期の一休さん」
新右衛門が一休さんのとんち小坊主エピソードをたずねると、兄弟子はそんなものは皆作り話だと否定。では本当の一休さんはどんな少年だったのか?
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◯10月26日第四則「ストリート禅問答」
一休さんと新右衛門が京の町を歩いていると、見知らぬ僧侶が禅問答を仕掛けてきた。「市中に隠ありや否や?(町の中で修行する僧などいるのか?)」さあ、一休はどう答えた?%ef%bc%94%e5%89%87%e3%83%bc%ef%bc%97%ef%bc%94%e5%89%87%e3%83%bc%ef%bc%98
第一則〜第三則は6月に放送されたのでご覧になった方もいらっしゃると思います。第四則はなんと一休さんが歌っちゃうもんね〜。もちろん作曲は大友良英さん。お楽しみに!
配役やあらすじ、スタッフ紹介、ディレクター藤原さんと脚本家ふじきさんへのインタビュー、などは下記の番組サイトでどうぞ〜。

女もすなり益荒男日本史1

すでに終わった連載の絵を載せまする。UCカードの会員誌「てんとう虫」で連載されていた泉秀樹さんの「女もすなり益荒男日本史」に付けていた絵です。

歴史の中の女性に焦点を絞った内容でしたが、女性の肖像画というのがほとんど残ってないので、多くは私の想像です。
築山御前%e7%af%89%e5%b1%b1%e5%be%a1%e5%89%8d
徳川家康の正室、瀬名(築山御前)は今川義元の姪であった。夫、家康につれなくされても「独り寝のさみしさに床は涙の海になって大船も浮かびます」という恋文を出していたそうな。しかし、二度にわたる家康の冷たい態度に心変わりし、策謀をめぐらし、家康をおびやかす存在になった。でもバレちゃって斬首されちゃうんだって。かわいそうに。
ぼくは時代物の絵を描いてるくせに、歴史の知識が乏しかったりするんで、「真田丸で斉藤由貴の演じているのはなんて人なんだろう?」と思って調べたら、阿茶局という人だった。
ねね%e3%81%ad%e3%81%ad
「女もすなり益荒男日本史」という連載だけど、その昔「女太閤記」というNHK大河ドラマがあった。1981年の放送というから、ぼくが10歳の時だけど、よく見てた。西田敏行が演じる秀吉が好きだった。主人公のねねは佐久間良子。あとの配役は全く覚えていないが、調べれば信長は藤岡弘だったみたい。当時は学校の図書館で信長、秀吉、家康の伝記を借りて熱心に読んでたし、自分が馬に乗っているイメージで手は手綱を持つ仕草、足は馬がパカパカ走る様子を真似て、校庭を走っていたら「なんちゅう走り方しとんの?」と級友に笑われたものである。ところがぼくの戦国ブームはその時で終わったしまったので、知識はあの時代のままで止まっている(この話前にも書いたかも……何しろそれくらいしかネタがないんで)。大河ドラマを熱心に見てたのは1980年の「獅子の時代」から1982年の「峠の群像」までで、それ以降はま〜ったく見ておらず、「真田丸」で実に久しぶりの大河鑑賞をしている。知識が子供の時のままなので、知らないことがいっぱいあります。
生駒吉乃
織田信長の妻。吉乃は豪商の娘で、土田弥兵衛という人に嫁いでいたが、夫は戦死し、その後信長に気に入られて側室となる。信長よりも10歳ほども年上の未亡人。信長を一流の武将に育て上げ、その英傑の子を三人産み、時代を支えた女性である。ちなみに生駒家ではいつも食客を抱えていて、その中に居たのが秀吉。吉乃の口添えで清洲城で取り立てられることになる……ということが本文には書かれておりました。
千代%e5%8d%83%e4%bb%a3
身の丈以上に順当な出世をした山内一豊。といっても大河ドラマ「功名が辻」も見てないし、奥さんが良く出来た人だというくらいしか知らない。「山内一豊の妻」の名は千代ともまつとも伝えられているそうだ。一豊は信長主催の御馬揃え(軍事パレード)に出たいがいい馬がない。ちょうど馬喰が駿馬を売りに来た。あいにくお金がない。その時、妻の千代は持参金を気前良く差し出した。一豊は御馬揃えで堂々たる姿を披露し、信長の目に止まり出世の糸口になったとか……ということが本文には書かれておりました。絵を描くときに画像検索していたら、小林清親が描いた絵が出てきた。……パクってます!yamauchi_katsutoyo_and_his_wife
1年分、一気に載せようかと思ったけど、疲れたからこの辺でやめます。
ちなみに今日はぼくの誕生日ですが、他人の誕生日を全く覚えられず、お祝いしてもらっても全然お返しできません。だから無視してください。しかしこんな蒸し暑い誕生日は今まで経験したことがありません。

絵を楽しむ最上の方法

私はラジオを聞きながら絵は描けますが、ラジオを聞きながら文章は書けません。絵と文章では頭の使う部分が違うというのがよくわかります。

でも総合芸術である映画を観るときに、頭を使い分けている意識はまったくありません。映像を見て、音や音楽を聞いて、字幕を読んでいる。その映画がものすごく面白くて感動をした場合でも、実はそれほど頭は使ってないのではないかと思います。
私は一流の芸術に触れるよりも、自分でヘタな絵や楽器や作文をやっているときのほうが有意義に感じるのですが、やっぱり自分の体験として頭も感覚も使うからでしょうか。
極端なことを言ってしまえば、絵は見るよりも描く方が絶対に面白いと、思うのです。世界にはもう見切れないほどの名画が存在していて、わざわざ駄作を作る必要はないのに、描いてしまうのはそういうことでしょう。
歌舞伎座で歌舞伎を見るより、田舎の村歌舞伎に自分で出演する方が楽しいところがあるはずです。でも、見る方はしょーもないものを見せられるのはたまらんものがあります。でも、自分でやってみたら、ただ鑑賞している時よりも理解が違ってくると思います。
絵も同じく。鑑賞者の立場にとどまって、一流のものを追いかけているだけでは、楽しみ方としてはまだまだ甘い!……そう私は思うわけであります。img_2006
さて、絵が好きだ、絵を描くことが好きだ、という素朴な気持ちから出発した私の絵描き人生も、プロのイラストレーターを目指してしまったせいで、鑑賞者と実作者に生活者が加わり、絵が人生を左右する局面に至ります。あぁ、絵を描き続ける限り貧乏なのは致し方ないことだ、とあきらめと踏ん切りがついた30代前半……ちょうどその頃のことが書かれているのが今月の「ぼくの神保町物語 イラストレーターの自画像」(小説すばるで連載中)なのです。
もうここまでくると、絵の楽しみ方としては最上級の段階に達しています。なんつったって、絵に必死にしがみついて生きるより他ないんですから。
今回は2003年〜2005年あたり。私は2003年にHBギャラリーで「人の間」(ひとのあいだ、って読むんですよ、にんのげん、じゃないっすよ)という初個展をやります。その頃バイト先の神保町の街は再開発で、大きく変わろうとしていました。ちょうど通称「神田村」と呼ばれる本の取次店が密集していたあたりに二つの高層ビルが建ったのが2003年でした。img_2007img_2008
南伸坊さんはこの物語にもいずれ登場願いますが、このカットは唐仁原さんの思い出の中の伸坊さん。この時は私もまだお会いしていません。
そうそうこの回は「さらば神保町」というタイトルですが、私は神保町から離れるのでしょうか?8回目が最終回?いや、(つづく)と文末にあるので続きますよ。img_2009

僕おしゃ六本木ナイト

講談社の「ベストカー」(日本で最も発行部数の多い車の雑誌だという)で連載されている藤田宜永さんのエッセイに絵を添えています。タイトルは『僕のおしゃべりは病気です』。藤田宜永さんは、長髪にサングラス、ロッカー風ないでたち……にもかかわらず、文壇一のおしゃべり男であるらしいのです。%e3%81%8a%e3%81%97%e3%82%83%e3%81%b9%e3%82%8a10%e5%9b%9e%e3%81%8a%e3%81%97%e3%82%83%e3%81%b9%e3%82%8a11%e5%9b%9e連載が始まって半年が過ぎたので、「このへんで顔合わせを……」という担当さんの提案で、先月だったか藤田さんと担当さんと六本木でお会いする機会がありました。藤田さんは普段は軽井沢に住んでおられるのですが、六本木には事務所があるそうです。僕がお店に行くとすでに担当さんは来てました。これから藤田さんが来られるのかと思うと緊張します。12%e5%9b%9e13%e5%9b%9eこの連載はおしゃべりの楽しさを説くエッセイなので、読んでいると藤田さんの気さくな人柄も伝わってくるのですが、やはり御本人に会うというのは緊張します。約束の時間に藤田さんはやってきました。写真で見る通りのロッカースタイル。背が高くて足が細い!昼間は講演会で夏目漱石についてしゃべりたおしてきたという藤田さん、座談の名手のリードによって酒席は和やかに始まりました。14%e5%9b%9e15%e5%9b%9e担当さんは藤田さんのおしゃべりに反応しながらも、連載に使えそうなことをメモったりしています。プロです。僕の立場は何をするべきなのか。おしゃべりを聞いているだけでいいのか。おしゃべりはお互いしゃべりたいことを言って盛り上がるのが楽しいので、藤田さんもきっと独演会にしたいわけではないはず。よし!僕も何かしゃべろう。そのためには、まずは酒。自分は日本酒が一番酔いやすいので、グラスに三杯くらいいきました。%ef%bc%91%ef%bc%96%e5%9b%9e%ef%bc%91%ef%bc%97%e5%9b%9e%ef%bc%91%ef%bc%98%e5%9b%9e酔ってきた僕は、藤田さんを目の前にした時の第一印象を伝えました。「藤田さんの似顔絵を描くときに、画像検索してるんですけどね、最近の藤田さんはちょっとオバさんっぽい感じがあったんですが、いや、実際お会いしてみるとすごくワイルドでカッコイイです!」

あえて失礼なことを言った方が懐に入りやすいんじゃないかと思って……。

「ひやひやしましたよ」と後で担当さんが言ってましたが、藤田さんは僕の失礼も喜んで受けてくれました。二軒目のバーではさらに酔いも回り、「私、今小説すばるでエッセイ書いてるんですけど、文章書くってホント難しいです」などと直木賞作家と文章について話す機会を得たいがために、ぽっと出駆け出しの分際で、そんなアピールをしてみたり……。とにかく何を言っても確実に受けてくれる安心感が藤田さんにはあるので、ついつい失礼を重ねてしまう夜なのでした。

以上。藤田さんと飲んだという自慢話オワリ!

プリンセスの物語

毎週ブログを更新すると決めてしまったので、仕方なく今週も更新します。

アクセス数も横ばいで、いつまでたっても無名なまま。有名になりたいなんて気持ちはとうに消えてしまったけど、それでも業界で生き残っていくには、ある程度名が知られていないと、仕事を頼むときに思い出してももらえない。

それに有名だと何かしら楽なところもあるのではないかと推測する。あつかいや何かの面で。

先日もとある展示のオープニングに行ったときに、平澤一平さんがそこにいた若いイラストレーター(女性)に

「あ、〇〇ちゃん、紹介するよ、伊野くんです、知ってるでしょ?」と紹介してくださったが「知りません」とにべもないお返事だった。

(いくら興味がなくても、せめて本人を目の前にしたら「すみません、存じ上げなくて。私〇〇と申します」くらい言うのがそういう時の八百長ではないんかい……)と内心では思ったが、自分の口からは

「いえ、知らなくて当然です。知ってる方がおかしいです。私は、無名な人間なので」という言葉がスラスラ出てきた。逆にペコペコ頭を下げておいた。

きっとこちらの内心などはバレバレだろうし、よくある出会いの一例にすぎないようなことも、サラッと流せない自分のこのウザイ性格が、ほとほと嫌なのであるが、同じ業界の若手にも認知されていないようでは、まだまだオレも頑張らねばならない……という燃料にもなるのである。

はい、今週の枕はこれにて終わり。書かなくてもいいことまで書いて、余計に人気がなくなっちゃうよ……。照手姫1今週はずいぶん前に描いた絵を載せます。去年の仕事です。主婦の友社から出ている「頭のいい子を育てる」シリーズ。今回の本は『お姫様や魔女がいっぱいでてくるおはなし』です。絵は『照手姫と餓鬼阿弥』より。照手姫3もう一つはギリシャ神話より『アドリアネーの糸』です。アリアドネ1アリアドネ2どちらもプリンセスが主役のお話です。はい、そんなわけで今週はネタに困ったから、アップする機会を失っていたものでお茶を濁しました。

ついでに告知。大阪の「オソブランコ」さんで『一筆箋展』が開催されています(台湾にも巡回するってさ)。私以外の参加者の皆さん、クォリティ高いです。「リソグラフ」という印刷機を使って作るのです。そうするといい感じのチープな出来になるのです。上が仕上がりで、下がデータ。ちょっと青の指定が濃すぎたな。ino3伊野B見本伊野A見本伊野C見本

「一筆箋展」

会場 オソブランコ
(大阪市浪速区幸町1-2-36 2F)
会期 2016年9月3日~30日
時間 12:00-20:00 (土日祝-19:00) 水曜、第二土曜休日
あともう一つ告知あった。
毎年恒例の銀座のリクルートG8で開かれているTISの展覧会も今日より始まります。今年は『158人の漱石 百年後ノ我輩、こゝろ、それから……』にも出品しています。
2016年9月6日(火)~ 10月6日

クリエイションギャラリーG8〒104-8001 東京都中央区銀座8-4-17 リクルートGINZA8ビル1F TEL 03-6835-2260

11:00 ~ 19:00  日・祝日休館  入場無料

ちくちく…正直は美徳なり

「サザエさん」って本当いつ見ても最高!あ、もちろん漫画の方ね。今月号の芸術新潮は『こんなに凄かった!長谷川町子と「サザエさん」』特集で、長谷川町子てどんな人だったかがなんとなくわかるけど、町子さん、なかなか怖そうです。へぇ〜、と思うこと多々あり。これは買って読むしかないでしょう。

さて、それはさておき、芸術新潮を買うとオマケで付いてくる(?)連載「ちくちく美術部」はお読みいただいているでしょうか。FullSizeRender 6
この連載も16回目。今月号では群馬県立館林美術館の『再発見!ニッポンの立体』をマンガで展評しております。
展覧会の感想を言う場合、あえて大きく二つに分けるなら、作家や作品の感想を言うのと、展覧会の企画、見せ方の感想を言うのがあると思います。以前、東京国立博物館で開かれた『黒田清輝 日本近代絵画の巨匠』を取り上げて(第13回)、黒田清輝をめちゃくちゃクサしたんですけど、展覧会自体は良い……ていうか、ちゃんとしてました。黒田清輝の人と作品や時代がよく分かるナイスな展覧会でした。
ところが今回の『再発見!ニッポンの立体』は展覧会としてどうなのかなぁ……っていう。我々は外国人の設定でニッポンの立体を発見しに来たという体です。ま、詳しくは芸術新潮で。FullSizeRender 5というわけで、今週は展覧会の企画や見せ方に注目して「ちくちく美術部」の過去の部活動を少し振り返り、あ、こんな連載やってんだな、と知らしめるためのブログでございます。
東京都現代美術館の『オノ・ヨーコ 私の窓から』(第10回)も、惜しかったネ。すべての人に革命を呼びかけるオノ・ヨーコのユニークさを伝えるためにも、美術館にはシェフとしてあとひと仕事かふた仕事して欲しかった……という意味で美術館をレストランに見立ててそこに行くという趣向。FullSizeRender 4FullSizeRender 3
世田谷文学館の『浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる』(第11回)は浦沢マンガのパロディで。FullSizeRender
え?お前ら何様だって?……はい、芸人くずれ(とに〜氏)とポンチ絵描き(わたし)でございます。でもさ、「美術館の広報かよ!」って突っ込みたくなる展覧会の記事なんて、読んでてまーったく面白くないじゃん。自分がどう思ったか、正直に書くのが面白いんじゃん。正直こそ我々に出来る唯一の美徳でございます。
だから、ちくちくの名折れではあるけど、褒める時は褒めますよ。だっていい展覧会を観た時ってこっちも嬉しいもん。
東京藝術大学美術館の『ダブル・インパクト 明治ニッポンの美』(第3回)は規模は小さかったけど良かった。会場がもっと広くて、作品ももっと集められたら……っていう希望もあるけど、展覧会を実際に作る人たちは限られた予算や、制約の中でやっておられるわけだから、あまり求めるのは悪いのでありますが、それでもちゃんとした展覧会でした。荒波に揉まれる明治美術を双六風に描きました。IMG_1973
平塚市美術館の『画家の詩、詩人の絵   絵は詩のごとく、詩は絵のごとく』(第7回)これもすごく良かった。美術館の解説プレート読んでると、言葉で絵を説明する虚しさをしばしば感じることがありますが、それがない。なぜなら……FullSizeRender 2
担当編集者のR氏と相方のアートテラーのとに〜氏と3人で展覧会を見た後に、あーだこーだ、感想を言い合うわけですが、この時間が楽しいです。(ここで、あんまり盛り上がらないと、では、次の候補の展覧会を見に行くことになる)で、意見が出揃った後、その場で私はだいたいのラフスケッチを考えます。で、家に帰って、ちゃんとしたラフに起こして、自分のセリフを考える。ラフの絵を見てとに〜さんも自分のセリフを考える。編集者の赤字が入る、もう一度練り直す。タイトルや展覧会の概要は編集者のお仕事。それでネームがまとまったら、デザイナーに文字を流し込んでもらう。ふきだしの大きさや絵の位置など調整して本番の作画に進む。ちなみに明らかに私の方が作業量が多いのだが、とに氏〜と私は同じギャラです(泣)。
フキダシの中のセリフだけが感想ではなくて、マンガ展評なので、絵もまた一つの感想だと思って描いている、つもりです。

三十にして笑う

子曰く「三十にして立つ」と。大げさに言うと自分の思想のようなものが固まるのがこの時期だとすると、当たっていなくもないですね。自分が何者なのかようやく気付き始める頃が三十……。

小説すばるで連載中の「ぼくの神保町物語 イラストレーターの自画像」、7回目の今回は西暦2000年〜2002年頃の話。私は29歳〜31歳。タイトルは「三十にして立つ」をもじって「三十にして笑う」です。

初めての仕事を経験したり、売り込みに行っても相手にされなかったり、いろいろ世の中に揉まれるうちに、ちょっとはあった自信もおおかた消えてしまい、ついでに自分もこのまま消えたいような悩みのどん底にいたわけでございます。

もう、そんな惨めな自分を笑うしかないな、という意味の「三十にして笑う」なのでした。でも、この自分を笑うという態度が、今の「絵で人を笑わせたい」という姿勢につながっているので、振り返って見れば、雨降って地固まる的な意味合いがあったわけです。でも渦中にいる当時はそんなことわかりませんからね。IMG_1940「三十にして笑う」というタイトルと共に微笑む女性は、明治大学刑事博物館におわします〈鉄の処女〉の鉄子さんです。人間を処刑する道具です。IMG_1942私のデビュー作は地方紙の新聞小説の挿絵!しかし原稿料は ナ、ナ、ナント1点2000円!IMG_1943たまにこういう街の様子も入れないとね。神保町物語だから。実際の風景と心象風景が重なるように。IMG_19447回目にしてようやく、文章の書き方が少しわかってきたような……いや、錯覚かな?この連載は私のエッセイデビュー作でもありますので、文章って難しいものだなと実感すること多しです。でも、人並みの原稿料はいただいてます。さすが天下の集英社です。

世界満腹食べ歩き8~13

小説現代で連載中の岡崎大五さん『世界満腹食べ歩き』に、毎月絵をつけています。ずっと前に第7回までアップしてありました。間が空きましたが、今週はその続きです。

第8回は「シルクロードを行く前編」

〈妻に写真を撮ってもらおうと立つと、ウズベク人の観光客たちが集まってきた。「俺たちも入れてくれよ」イスラムの国では写真を嫌がる人が多いのに、ウズベクでは女性でも積極的に写りたがるのだ〉

という場面を絵にしてみました。

スキャン 1スキャン 2第9回はもちろん「シルクロードを行く後編」

後編は扉絵をコマ割りにして、ワイロを渡すハメになる珍道中をコミカルに。

〈四十二時間後、ようやく接岸。これでアゼルバイジャン入国かと思いきや、髭面の太ったイミグレの所長ときたら、入国スタンプを紐に通して首からぶら下げて、賄賂が嫌ならスタンプ押してやんないからね、と一人五十ドル請求してきた〉

スキャン 3スキャン 4

第10回は「アムステルダム・プチステイ」

オランダにはコロッケの自動販売機があるんだって。

コロッケはベシャメルソースで作るのが伝統的。正式にはクロケット。日本ではクリームコロッケ。

〈日本には明治初期に入ったが、当時日本は乳製品が乏しく、ソースが作れない。そこでポテトコロッケという、日本独自のコロッケが誕生したとか〉

へぇ〜知らんかった。

スキャン 5スキャン 7オランダの市街地は運河があるので、地図がタイヘン。

地図って、元になる資料があるから、カンタンだと思うかしれませんが、略図にするってことがめ〜っちゃタイヘンなんですよ。だって、どこを省略していいかわかんないし。特に都市の市街地なんて、道や鉄道がごちゃごちゃ走ってて、おまけにオランダは運河もあるんだもん。私は地図が苦手なんで、デザイナー、編集者の力を借りてなんとか……。

しかし、掲載サイズが小さいので、毎回達成感が感じられないよ〜。でもいくらサイズが小さかろうが、地図は間違ってはいけない。すべてのイラスト仕事の中で私が一番苦手なのは地図だ!

はい、お次は第11回「インドかぶれ」

4コマ漫画でインドで出会ったカレーの達人を紹介。いろいろやってます。

この回に登場するのは南インド料理なのですが、岡崎さんに、この店の味が本場のものに近い、と教えてもらったのが練馬の「ケララバワン」というお店。最近、東京では南インド料理のお店も増えてきたが、ここが草分け的存在のようです。美味しかった。

スキャン 9スキャン 10第12回は「おいしい記憶」

今回の地図はカンタンで助かった。

料理を描くのはそんなにタイヘンではないけど、描いてて気づいたのは、料理ってほとんど茶色系が多いですよね。でも食材は色とりどり。調理しちゃうと色が似てくるんですね。鮨が色とりどりなのは食材をそのままご飯に乗っけているからだな〜。スキャン 11スキャン 12第13回は「みそ汁だけ注文すればいい」

〈メニュー表を見て悩んでいると、年配のおやじさんが、いきなり新聞の上から顔を出し、日本語で話した。「みそ汁だけ注文すればいい」〉

韓国に旅行に行った人はわかると思いますけど、おかずがいっぱい付いてくるんですよね。

スキャン 13スキャン 14今回の掲載分の中で、私が行ったことがあるのは韓国だけ。

「講釈師、見てきたような嘘をつき」じゃないけど、毎回、岡崎さんから借りた資料(写真とスケッチ。岡崎さんの奥様は画家なのだ。奥様が同行した旅は記録のスケッチがある。これを見るのが楽しみ)と画像検索で、なんとかその国らしさと文章の場面を演出しております。

毎回地図を描き、資料を眺めていると、けっこう思い入れが生まれてくるので、いつか行ってみたいと思うようになります。でも、私はとにかく尻が重いので、そんな旅行はいつになるのでしょうか。

※ブログを見直していたら「世界満腹食べ歩き」、前回は第8回「シルクロードを行く前編」までアップしていたようだ。ダブってしまった。なんかそんなような気もしていたが。でもこのままでいいや。

神社100選 カミとは何か

今売っている芸術新潮は創刊800号記念特大号として「神社100選」という大特集でございます。

今号でもちょこちょことお手伝いさせてもらってます。以下の絵は神様のお使いの動物たちです。他にもニワトリや、ウサギ、ウシ、オオカミ、ウナギなどがいます。鹿八咫烏蛇猿狐亀鳩え?いつもの私らしくない?輪郭線がないだけで、やってることはいつもと同じですね。小手先の変化に過ぎませんな。私はいつも思っています。いろいろなタッチで描いたって、ほとんど同じところを回ってるだけだって。IMG_1774あとはいつものポンチ絵です。IMG_1776「連載がお休みなんで」というのは「ちくちく美術部」のことです。大特集なので、いろんな連載がお休みです。連載って打ち切りになると悲しいけど、一回休みの時ってホッとします。ちょっと本居宣長先生の言葉が見えてますがここでは「カミとは何か」を知るページになっています。今の神のイメージとはだいぶ違いますよ。IMG_1781『常陸国風土記』をマンガにしたりしています。谷間を拓いて水田にしようとしたら、夜刀(やと)のカミが邪魔しにきます。マンガに描いてある蛇みたいなのが夜刀のカミです。夜刀とは谷間の意味だそうです。カミを人間は打ち殺し、追い払います。で、マンガのセリフにあるように、敬って祭りを行うようになります。ところが……IMG_1782それから150年あまり経ち、貯水池の堤防工事をしている時に、もう一度、夜刀のカミが邪魔にしにきた時は「かまわん、魚や虫の仲間にすぎん。恐れず皆殺しにしろ」なんて言われてしまいますからね。古代においても、神に対する人間の態度が微妙に変わってきております。

 

このブログではあまりお見せしていませんが、今号お休みの「ちくちく美術部」というのはこういうページ。これは先月号のものです。何号か前から最終ページに移動したので、目立つようになってしまいました。前は2色ページの中にあったので、人知れずちくちくしていたのですが。

この回は高島野十郎展の展覧会評です。感服してちくちくするどころではありませんでした。次号の「ちくちく美術部」は関東のとある美術館に取材に行ってきたのですが、ちくちくがほとばしることになると思います。発売されたらご覧ください。

本日はまた、ちくちくを求めて取材に出ます。電車に揺られること約2時間。どこに行くかはヒミツです。のんびりした夏の小旅行になりそうです。IMG_1778

昔話法廷2016

昨年の夏、「もし昔話の登場人物が訴えられたら?」という斬新な企画とシュールな着ぐるみ(私は再現VTRの代わりに挿入される絵を担当していた)で大いに話題を集めたEテレの『昔話法廷』が今年も開かれる。

今回の裁判は「アリとキリギリス」「舌切りすずめ」「浦島太郎」の3本。放送は明日8月3日から。

昨年の放送した「三匹のこぶた」はドイツのミュンヘンで2年に一度行われる子ども番組のコンクール「プリ・ジュネス」で、世界各国の子どもたちの投票により第1位となり、「国際子ども審査員賞」を獲得したという。そして何故かグッドデザイン賞にもノミネートされたとかいう話も聞いたけど、私は結果を知らない。アリとキリギリス1修正この昔話法廷は人間が入った着ぐるみで裁判を行うので、絵も着ぐるみに合わせている。つまり、アリとキリギリスはあまり身長に差がない。アリとキリギリス3修正アリとキリギリスは昔から仲が良かった。ほら、子どもの頃はこうやって虫取りに夢中になったものである。虫のくせに……。さ、どんな展開が待っているでしょうか。裁判を乞うご期待。

舌切り雀1はい、お次は「舌切りすずめ」。アメリカの肥満児がアイスクリームを食べるように、すずめはおばあさんが米で作った洗濯のりを全部食べてしまった。舌切り雀11当然、おばあさんは怒り心頭!ヘッドロックで首を決めてすずめの舌を切った!確かに舌を切るにはヘッドロックしないとなぁ。浦島太郎1お次はご存知、「浦島太郎」なぜ浦島太郎が竜宮城に行ったかというと……浦島太郎5助けた亀に連れられて、なわけですが。これらの場面は今までに絵本などで繰り返し描かれたことでしょう。でも絵本には載っていない場面が「昔話法廷」では見られます。

「“アリとキリギリス”裁判」
NHK Eテレ 2016年8月3日(水) 午前9:00〜午前9:15(15分)

「“舌切りすずめ”裁判」
NHK Eテレ 2016年8月4日(木) 午前9:00〜午前9:15(15分)

「“浦島太郎”裁判」
NHK Eテレ 2016年8月5日(金) 午前9:00〜午前9:15(15分)

みなさんよかったら見てね〜!再放送もあるし、ネットでも見られるようになる(教材番組なので)と思います。

手抜き/この一週間

最近ブログが手抜き気味ですが、今週も手抜きです。

ウラン堂の仲間たち20名の作家による“しあわせのスカーフ”展(期間/2016年4月30日〜6月19日……つまり、もう終わっている)に参加した時のスカーフとバンダナです。ウラン堂は兵庫県西宮市にあるギャラリーで、以前「画家の肖像」の巡回展をさせてもらいました。IMG_1752マン・レイのスカーフとゴッホのバンダナ。絵のチョイスもデザインもウラン堂さんにおまかせしました。IMG_1750続きまして、双葉文庫の早見俊さんの時代小説『千代之介御免蒙る 江戸の華』のカバー担当しました。デザインは長田年伸さん。花火こちらは販売促進用のポップ。デザインはビーグラフィックスさん。IMG_1729お次は「ダンチュー」で描いた東海道五十三次ならぬ東海道五十三杯の旅。IMG_1730IMG_1731IMG_1732IMG_1733IMG_1734IMG_1735はい、以上でございます。

【この一週間】

ふと、手抜きでは悪いな、と今思いついたが、このブログは毎週更新しているので、その週の出来事を毎回記しておけば、後で見返したときに、あぁ、あの時のことか、と思い出すよすがになるかもしれない。ブログを始めて8年近くになるが、かわりに日記を全然つけなくなった。

◯今週はポケモンGOでしょ。もちろんやってませんよ。私は永遠の少数派でありたい。主義とか関係なく少数派でいたい。ポケモンGOに限らず、他人に用意されたもので楽しむ、っていうのがなぁ。

◯芸術新潮の「ちくちく美術部」の取材で「しりあがり寿の現代美術 回・転・展」を観に行った。あまりちくちくポイントがなく(つまりそれは面白いってこと)来週また別件を取材に行く予定。練馬区立美術館と同じ敷地にある、公民館みたいな施設の2階の「月の風」というレストランが良かった。公民館みたい、と侮ることなかれ。

◯大橋巨泉さんが亡くなったとの報道。数年前、巨泉さんの本に似顔絵を描いたことがあった。巨泉さんから弟さん、弟さんから編集者、編集者から私へという経由で感想をもらったことがある。「こんなジジィに描かなくったっていいじゃない」とのこと。若い頃のイメージに近づけた。間接的であれ、巨泉さんが私の絵を見て感想をおっしゃったということは一庶民としては記念すべき出来事だ。

◯我らが灘本唯人さんがお亡くなりになった。90歳。数回カラオケをご一緒させてもらったことがあるが、私と灘本さんの歌いたい曲がかぶるようで、北原ミレイ「石狩挽歌」他、私のリクエストはよく灘本さんに歌われてしまった。「先生、それは私が入れた曲でして……」と言うと「あらぁ、それは失礼」と譲ってくれるのだが、今度は、私が歌っている最中に、歌唱に対するダメだしに励む先生なのであった。

※この近況のようなものは続くかな?続かないかも。巨泉扉

卒業

早いもので小説すばるで連載中の「ぼくの神保町物語 イラストレーターの自画像」も、もう6回目。当時の年齢でいうと28〜29歳のあたり。西暦でいうと1999年〜2000年。今回のタイトルは「卒業」ということで、居心地よすぎて、ずっといたかったセツ・モードセミナーからの卒業を書いています。卒業というか、セツ先生が突然亡くなっちゃったんです。自転車でコケて。ぼくに最後にかけてくれた言葉は「お〜い!おとーさーん」でした。なんだそりゃ。しかし、もう17年前の話か……。IMG_1726今回の枕は、駿河台の丘について書いています。歌川広重と宮田重雄の絵から、御茶ノ水を見てみると……。IMG_17271999年、最後の大原スケッチ旅行。先生は、自転車で移動中に転んじゃったのです。いくら元気でも80過ぎたら自転車に乗るのはあぶないね。

今の小説誌ではほとんど見開きの挿絵がないので、毎回無理やりにでも入れています。IMG_1728御茶ノ水界隈にあった文化学院。ここは長沢節の母校でもあります。今は、文化学院自体がここにない。

作文するにあたって、文化学院の創設者、西村伊作の評伝、黒川創著「きれいな風貌」を読んだのですが、長沢先生が通っていたのは、ちょうど校舎を建て替えている頃かな?というのは大正12(1923)年に関東大震災で一度壊れてしまって、その後、とりあえず簡単な校舎を建てて再開、挿絵に描いた校舎は昭和12(1937)年の完成。長沢節の入学は昭和10(1935)年だから、先生がいた時はずっと工事中だったかもしれない。

ドラゴンズ漫談

今まで一度だってプロ野球の試合を見に行ったことがありません。一度だけチャンス(?)はありました。中学の修学旅行で東京にやってきた時、後楽園球場で、日本ハム対南海だったかの試合を見る予定が組まれていたのですが、雨で試合自体が中止になってしまいました。東京ドームが出来る前の話ですね。当時のパ・リーグは、野球音痴の私から見ても人気がないように見えたし、事実、野球好きの友達の間からも、がっかりしたような様子はほとんど感じられなかったと思います。IMG_1719ドラゴンズ漫談1私の故郷、三重県津市では、野球ファンは大まかに、中日ドラゴンズファンと阪神タイガースファンで二分されていた記憶です。私は野球自体に全く興味がなく、運動神経もゼロでした。それでも人間の付き合い上、野球はしなくてはいけないものだったので、いやいや、やっていました。興味のあるふりをしないと付き合いが保てない気がして、野球帽もかぶっていました。でも、贔屓の球団があるわけではないので、古いアルバムを見ると、中日、阪神、巨人と節操なくかぶっています。このころの付き合いのしんどさを比べると、大人になってからの付き合いなど、屁みたいにたやすいものです。IMG_1720

今日、ブログに載せた絵はポプラ社の「asta」という広報誌で、企画されている「中日ドラゴンズ80周年記念企画」で広小路尚祈さんの読み切り短編小説につけた挿絵です。
ふだんあまり用いない技法で描いています。言うほどのたいした技法ではありませんので、秘技ということにしておきましょう。過去に玉袋筋太郎さんの文庫カバーでこの手を使いました。玉ちゃんの

うなぎと京都

「メンズクラブ」から初めて仕事をもらいました。女性誌の仕事もたまにしかないけど、男性ファッション誌となると、4、5年前に「ポパイ」に描いて以来……と言っても、絵の内容は、他の雑誌で描く時とおんなじですけどね。相変わらずのコマ絵です。うなぎ1「メンズクラブ」はうなぎの特集ページでした。うなぎの待ち時間を、接待相手や上司との濃密な会話に使うもよし、事前予約で、即うな重登場と仕込むもよし、という内容です。

私の実家のある三重県津市はうなぎが美味しくて有名なところなのです。昔は養殖が盛んだったんだっけかな?……忘れました。

味は関東のうなぎと違って蒸さないので、皮がカリッと香ばしい。特上にすると、うなぎがこれでもかってくらいに入っている。東京の店と比べるとものすごく安い。しかし、私は東京に来て、蒸してから焼く関東のうなぎを初めて食べた時は、別次元のうまさを感じました。うなぎって、やっぱり蒸してから焼く方が美味しいですよね?京都マナー1と2続いてこちらは「日経おとなのOFF」の京都特集に描いたマナーの絵です。なんにでも「さん」づけで呼ぶとか、一見さんお断りの意味とか、そんな京都ならではの独特のマナー。京都マナー3〜5ちなみに、私は京都人とか江戸っ子とか、そういうのって苦手だなぁ。はいはい、たまたま生まれたところがいいところで良うござんしたね。

早くも夏バテで、ブログもあっさり更新でございます。

当世百鬼夜行絵巻

福音館書店「母の友」8月号では「やっぱり妖怪が好き」という特集が組まれております。

実は「妖怪」という言葉は明治になって作られた学術用語だったというのを、みなさんご存知でしょうか?私はなんとなく知っていました。なぜなら、私の通っていた某三流私大の創設者が「妖怪学」というのを提唱したからです。創設者は井上円了という人です。しかし、妖怪学を提唱したからといって、水木しげるさんのような方を想像してはいけません。むしろ立場的には逆です。井上円了は近代化する日本において、迷信は排除するべきものとみなし、妖怪こそが迷信の最たるものだと、と主張したのです。なんだ、つまんねぇ奴じゃないかと思ってしまいますが、当時は病気になっても原因はキツネの仕業だと、マジで言ってた人もいたわけですからね。キツネじゃないよ、タヌキでもない、栄養をよく取り、衛生面に十分気をつけることこそが肝心じゃ、と蒙を啓いたことは、良いことであります。IMG_1660で、私は読み物のページで、6ページにわたり、「当世百鬼夜行絵巻」なるものを描いています。

「ここは、とある町外れの空き地。時刻は草木も眠る丑三つ時。乱暴にうち捨てられたモノたちが、不思議な力で妖怪になり、人間たちに復讐しようと行進を始めました……。」

IMG_1661日本の妖怪の百鬼夜行に欠かせないのは、付喪神ですよね。古道具の化け物です。作られてから百年経つと道具は妖怪に化けるらしいです。え?このギター、ビンテージ?なんて突っ込まないでくださいね。そこは当世流のゴミにしないといけないので。IMG_1662当世百鬼夜行に欠かせないのは、ビニール傘ですよ。これはもう絶対に外せない。骨がひん曲がって、妖怪みたいになった傘が捨ててあるでしょ?IMG_1663携帯電話ってのも、機種がどんどん変えられて、捨てられて、十分付喪神になる資格があります。しかし、そんな殺伐とした妖怪の世界にも小さな愛の世界があるかもしれない。別れても好きな人。IMG_1664ものだけじゃないんですよ、ペットも捨ててはいけません。最後まで責任を持って飼おう。でも、亀にとっては狭い水槽の中で一生を終えるより、池に放たれた方が幸せなのかもしれないですね。ミドリガメが幅をきかせすぎて、イシガメやクサガメが追いやられている現状が心配です。だってイシガメやクサガメって可愛いんだもん。日本の妖怪の造形が可愛いというのと通じるところがあるでしょうか。

追伸

【オトナの一休さん3本連続再放送のお知らせ】

7月2日(土)Eテレ 午後2:00〜2:15(3本連続)

7月10日(日)Eテレ 午前1:45〜2:00(3本連続)※9日(土)深夜

珈琲ボーイの日記帳

世の中のすべてのアルバイト青年に捧げる「ぼくの神保町物語 イラストレーターの自画像」は、今月もちゃんと「小説すばる7月号」に掲載されています。

ところで、アルバイトをしながら絵や音楽や芝居などをやっている人は、自分をなんと呼ぶのでしょうか。フリーター?……いや、食えてなくたって、「俺は画家だ!」「ぼくは音楽家なのさ!」「私は女優よ!」と胸を張ればいいのですが、それは画家やミュージシャン、俳優などの場合に限る、とぼくは思っていました。IMG_1643

だって、イラストレーターって仕事をする時の職業名だから、仕事を頼まれないと、そもそもイラストレーターじゃないでしょう?

たとえ一枚も絵が売れなくても、画家は画家だけど、イラストレーターは仕事がこないと、ただの無職の絵描きだもん。でも、イラストレーターになるための資格なんてないから、自分で名乗った時点で、その人はイラストレーターでもあるわけですね。また、画家の人が、挿絵を頼まれて描いたら、その時点ではイラストレーターなのだとも言える。……なんだか話がややこしいですね。

「画家でもあり、イラストレーターでもありたい」と言っている人は、ぼくの統計によると、結局どっちにもなれない場合が多いようです。一見、ジャンルに捉われないカッコイイ発言のように思えるけど、かえって、純粋芸術と商業芸術を分けて考えているのではないか……と最近は思います。ぼくはイラストレーションはそのまんま芸術だと考えているので、「イラストレーター=芸術家」で全然差し支えないです。

だからこのホームページは「イラスト芸術」という名前にしたのですが、「芸術、芸術ってうるさいな〜」と言われれば、ひっこめてもいいです。芸術かどうかなんて自分が勝手に決めればいいだけのことだから。でも一人前のイラストレーターになるのは自分だけでは決められないことですもんね。難しいですよ。IMG_1656

で、ぼくの話ですが、イラストレーターと名刺には刷ったものの、まったく仕事がありませんでした。ず〜っとアルバイトをしていました。たまにお店に友達のイラストレーターが来たりすることもありましたよ。それも編集者との打ち合わせでね。友達は僕を「彼、イラストレーターの伊野さんです」って編集者に紹介してくれたりするんですけど、全然イラストの仕事してないし、それに編集者の目の前にいるのは、完全にウェイターじゃないですか。

だからそういう時はこう言いました。「イラストウェイターの伊野です」ってね。

……ダジャレだよ!今月の「ぼくの神保町物語 イラストレーターの自画像」は日記帳仕立てです。

愉快痛快人生問答

ポプラ社より絶賛発売中の佐藤愛子先生(ただいま92歳)の『役に立たない人生相談』で絵を描いております。IMG_1637見よ、この美しいお姿を!

写真はほとんど何もいじっていないとデザイナーさんから聞きました。ブックデザインは岡本洋平さん+島田美雪さん(岡本デザイン室)。

佐藤愛子さんの似顔絵も描くことになっていたので、過去に某作家先生や某大物司会者から似顔絵をダメだしされたり、却下されたり、挙げ句の果てにはクビにされたりしたことのある私は、結構ビクビクしていました。本人チェックのある似顔絵は本当にやりづらいのです。似ていれば似ているほど、本人にとっては心騒ぐもの……それが似顔絵なのです。ところが、佐藤愛子先生は、先に挙げたお二方とは器が違いました。

逆に「ちょっと綺麗に描きすぎなんじゃやないの(笑)?」とおっしゃられたとか。確かに佐藤愛子さんの今までの本で、似顔絵を使っているのを見ますと、ずいぶんな描きようだなぁ……と思うのもありました。人間の大きさ、そしてもともと美人である余裕でしょうか。yaku1

右下の苦笑いは我ながらまったく似ていない。だって資料がなくて想像で描いているんだもん。yaku2なんのこっちゃわからないと思いますが、ある人生相談を一コマ漫画にしたものです。yaku3左上の頭に三角巾をつけているのは佐藤愛子さんです。92歳の先生に向けて放つ、私のジャブも喜んで受けてくださいました。yaku 4yaku5上の絵は地獄で迷子になった佐藤愛子さんを鬼が探しに来たところです。その下の絵はこれまたなんのこっちゃわからないと思いますが、ある人生相談を絵にしたものです。というわけで、本屋で見かけたら、よろしく!

3則19さて、Eテレで放映された『オトナの一休さん』みなさん見てくれましたか?ネットではすごく話題になってるみたいなんですが、ネットで話題、というのは実社会においてどれくらいの話題なのか……というと、全然話題になっていないも同然。私の友達ですら5人に1人、いや10人に1人くらいしか見ていないのではないか……しかし、再放送があるのもEテレのいいところ。未見の方は下記のサイトでチェックして見てね〜。

Eテレ『オトナの一休さん』のサイト

一休さんと曾我蕭白

昨日は「オトナの一休さん」第1則が放映されました。みなさん、見てくださいましたか?

私はテレビの前で緊張して待ち構えていたのですが、急にあくびが出て、眠くなってきました。緊張すると眠くなるタチなのです。IMG_1632

でも、はじまったらすごく集中して見ました(我が家には録画機器がないので、その分余計に)。大友良英さんの音楽とマレウレウさんの歌がつくと、雰囲気が変わりますねー。良い意味で気持ちの置き所を安定させない、つまり無縄自縛(むじょうじばく)から解き放ってくれる音楽と歌でした。
放送前からネットで話題にしてもらっていて、番組の制作に携わった人たちで集まった時に、「ありがたいねー」と話してました。どれくらいの人が見てくれたかわかりませんが、たとえば、視聴率1パーセントでも120万人の人が見たってことになる(この計算は合っているでしょうか?)わけで、そう考えただけでも頭がクラクラしてきます。私が普段、主な仕事場としている出版の世界とはケタが違うので、なんだかおっそろしいです。
……こうやって、注目されていると思っている自分がすでに恥ずかしいです。結局自慢話になっているところが、さらに恥ずかしいです。自意識過剰気味ですので、今週のブログはあっさりこのへんで筆を置くことにします。ではバイバイ。

と思ったけど、もう一つご報告。IMG_1621

先日「本の場所」で行われたトークショー、ご来場くださった皆様ありがとうございました。曾我蕭白の本物の絵を、ガラスケースも何もない状態で見ることができました。円山応挙も伊藤若冲も与謝蕪村も1点づつ出てました。コレクターの方の心の広さに感謝であります。トークは南伸坊さんが7割くらい喋ってくれました。まだまだ私のトークベタは改善されておりません。「オトナの一休さん」が始まるから気をつかっていただいたのでしょうか、会場のメインには曾我蕭白の描いた一休さんの肖像画(南伸坊さんと私の間にある絵)が飾られておりました。
曾我蕭白は「曾我蛇足十世」を名乗っていました。つまり自分は曾我派の開祖、曾我蛇足の十代目であると。これは蕭白による全くのデタラメなんですけど、実はこの曾我蛇足という人、室町時代に活躍した絵描きで、一休さんの弟子でもあったのです。そして一休さんは曾我蛇足の絵の弟子でもあったようです。お友達みたいな関係でしょうかね。一休さんの肖像画というのはいっぱいあるんですけど、曾我蕭白の描いた一休さん、全然似てないんですよね、笑っちゃうくらい。ハイ、おしまい。